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花かつおと先輩

 仕事の帰りはいつも裏道を通る。いつも米を炊いている会社があって、前を通ると酢飯の匂いがする。その匂いをかぐと、どういうわけか妙に懐かしい気がするので、いつもその道を選んで帰る。
 一体、酢飯の匂いがどうして懐かしいのだか、自分でもわからない。
 子供の頃に従妹らが来ると祖母がちらし寿司を作っていたからそのせいかと思ったけれど、脳裏に浮かぶイメージはどうもそれとは違っている。それよりも友達の伊集院君の家と深い関係があるような気がするが、何しろ朧な印象で、どうにも掴み所がない。どれだけ考えても不確かなイメージがふわふわするばかりで一向形が定まらない。あれかこれかと考えたことが、混沌の渦に全部するする吸い込まれて消えてしまう。だから何年経っても真相は一向判然しないままである。

 その炊飯会社の近くの暗がりに、先日白いハイエースが停まっていた。
 リアゲートを開けて室内灯が点いているので、荷室に鉢植えを積んであるのが見える。
それを見て、何だか山田のたこ焼き屋を思い出した。

 学生寮に住んでいた頃のことなので、自分が十九か二十の時である。駅から歩いて帰る途中、駐輪場前にたこ焼き屋が出ていた。やっぱりハイエースの後ろを開けて、荷室にカウンターを設置している。
 大阪では移動たこ焼き屋があちこちにいると聞いていたから、これがそうかと嬉しくなって、一舟買うことにした。
「花かつおはどうします? 乗せときます?」
「花かつお?」
「こういう薄いかつおぶしをな、花かつおって云うんやわ」
「へぇ。じゃぁ、かけといてください」
 こうして自分は花かつおという言葉を覚えた。

 後日、バンドの練習に奥村さんがたこ焼きを持って来た。
「練習の前に食おう。百も食えや」
「ありがとうございます」
 楊枝で手近なのを一個取ったら、かつおぶしがずるりと落ちた。
「しまった、花かつおが……」
 「花かつお? 何やそれ?」
 柏さんがそう言って怪訝な顔をする。
「え、花かつお知らないんですか? 大阪っ子の癖に?」
「そんなん知らん。広島で云うてるだけやろ」
 すると横から井川さんが「この薄いかつおぶしを花かつおって云うんや。知らんのか」と言った。柏さんは黙って、何もなかったような顔をした。

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