見出し画像

墓と蜘蛛

 父母と娘と車で墓参りに行く途中、後ろの席で娘が「ひゃぁ!」と騒いだ。
「どうした?」
「蜘蛛!」
「蜘蛛?」
「でっかい蜘蛛がいる!」
「これで追い払いなさい」
 母が横からうちわを渡した。
「……灯籠について乗って来たのかしらねぇ」
 自分の郷里では墓参りの際に盆灯籠を飾る風習がある。先刻スーパーマーケットで買った灯籠は店の外に置かれていたから、蜘蛛が潜んでいたのかも知れない。
 娘は窓を開けて追い出そうとしたが、あいにく蜘蛛は車内のどこかへ姿をくらました。
「どこ行った?! 蜘蛛! 殺ス!」
 半狂乱でバタバタしながら騒ぐので、手近なコンビニへ車を停めた。
「どれぐらいの蜘蛛?」
「これぐらい」
 手で示すのを見ると、親指の爪ぐらいある。
「足も含めてそれぐらいってことか?」
「いや、胴体だけで」
「……結構でかいな……」
 蜘蛛ぐらいで何を騒ぐことがあるかと思っていたけれど、そのサイズは尋常でない。
 ひとまずコンビニに寄り、駐車場でシートの下を覗き込んだり足元のマットを剥がしたりして探したけれど、蜘蛛はどこにも見当たらない。どこかの隙間からトランクの方へでも入り込んだろうということでひとまず娘を落ち着かせ、再び走り出した。
 それから少し行って、信号待ちの際に気が付くと、運転席の窓枠に件の蜘蛛が気配を殺して佇んでいた。確かに娘が云った通りのサイズである。
「……うちわ、くれ」
「は?」
「蜘蛛がおる。うちわくれ」
 母が後ろから差し出すのを受け取り、窓を開けて外へ払ってやった。すると蜘蛛のやつはワイヤーアクションのような不可思議な動きでこれを躱し、足下へ逃げた。その際、「ぽ」と云ったように思われた。
 あんまり蜘蛛を殺すのは好きではないけれど、「ぽ」と云う蜘蛛は尋常でない。怪奇である。容赦なく上から踏み潰した。
 ところが蜘蛛は上手くマットの隙間に入り込んで難を逃れ、そこで信号が青に変わったものだからまた走り出し、そのまま墓まで行った。
 蜘蛛はそれからとうとう現れなかった。


いいなと思ったら応援しよう!

百裕(ひゃく・ひろし) よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。

この記事が参加している募集