三十四度の宿 一
北陸の国道をカーナビに従って行くと、随分ひなびた町へ着いた。そうして、こんなところにホテルがあるんだろうかと思いながら進むうち、駅の向こうにホテルという電光看板が見えて来た。ただし「ホ」の左右の点と「テ」の上の横棒は点灯していない。
まさかあれかと少しどんよりしながら行ってみたら、果たしてそこだったのでますますどんよりした。
古い建物である。玄関に段ボールが置いてある。楽天トラベルの写真で見たのと随分印象が違う。昨夜の宿が至れり尽くせりだったから、それと比べていよいよどんよりした。
受付には誰もいない。カウンターに呼び鈴があったからチリンと鳴らしてみたけれど、一向反応がない。もう一度強く鳴らしたら、ようやく奥から「はぁい」と聞こえた。
じきに年配のおかみさんが現れ、「どなた? 名前は?」と言う。客をつらまえて「名前は?」とは、随分上からの物言いだ。
「予約していた百です」
「は?」
「百です」
「百さん?」
「はい」
そこへ亭主がのそのそやって来た。
「はい、いらっしゃい」
「ちょっとあんた、百さんだって」
「何?」
「百さん」
「百さん? ……えぇと、あぁ、楽天から予約した人ね」
「そんな所に立ってないで、上がったら? そこで靴脱いでね」
おかみさんが笑った。
自分はずっと玄関のたたきに立っていたのである。玄関は何だか、おばあちゃんの家みたいなにおいがした。
「ここがあなたの部屋」
おかみさんはわざわざ部屋まで案内してくれた。普通のホテルのような造りではないから、そうしないと迷うのだろう。
「お風呂は部屋にもあるけど一階にもある。もう沸かしてあるからいつでも入れるよ。まだ誰も入ってないから、いきなり飛び込んだら熱いかも知れない。適当なんで気を付けて」
そう言ってまた笑う。言葉遣いは随分雑だが、不親切なわけではない。そういうキャラクターなのだろうと得心した。
部屋の中も果たして古かった。
バスタオルとフェイスタオルで違う柄のが置いてある。特にフェイスタオルは随分洗ってくたくたになっている。布団のシーツに綻びがある。クローゼットの中に色も形も様々なハンガーが十本ぐらいかかっている。先刻の「適当なんで」が、どうやら如実に実行されている。
ベッドの傍に、いまだかつて聞いたこともないメーカーのテレビが置いてある。点けたら、お笑い番組が流れ出した。
部屋の照明が随分明るいのもあって、「ホテル」にいる気がしない。そうして何だか懐かしいような心持ちがした。
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