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貴族の所業

 ギターの調子が悪いので、中古の手頃なやつに買い替えるつもりで栄の楽器店を何軒か見て回ったが、あんまり芳しくない。
 そもそも中古品の扱いがなかったり、あってもヴィンテージ物で下手な新品より高いのである。これではどうも探し甲斐がない。
 辟易しながら、最後の心当たりへ行こうとしたら、向こうから歩いて来る陳さんに出くわした。同年代の女性がご一緒である。どうやら奥さんだろうと当たりを付けた。
「陳さんじゃないか」
「おぉ、百さん。珍しいね、こんな所で会うのは」
 奥さんが丁寧に会釈をした。
「一人? どこ行くの?」
「何、ギターを探して楽器屋を回ってるのさ」
「おぉ、百さんギター弾けるの? 凄いね」
 陳さんが驚いた顔でギターを弾くような手振りをした。右手と左手が逆だった。それで彼は元々左利きなんじゃないかと思ったが、そう云う自分が元来左利きなのにギターは最初から普通のを弾いているので、これはあんまり当てにならないだろう。陳さんには黙っておいた。
「じゃぁまた」と陳さんが言うと、奥さんがもう一度丁寧に会釈をした。

 最後の心当たりもやっぱり駄目だったけれど、中古品を探すなら普通の楽器店よりコメ兵の方がいいだろうとそこでようやく思い付き、今度は大須へ移動した。
 コメ兵に入ると、入口で店員が「消毒をお願いします」と、アルコールの霧吹きを指す。客が入店するのを一々見張っているらしい。
 反発したってしようがない。「おぅ」と云って従っておいた。面倒な世の中になった。
 果たしてコメ兵には手頃なのが数本あった。その中で「まぁこれだろう」というのに目星をつけたが、どうも踏ん切りがつかない。その理由は簡単で、決め手に欠けるのである。これでいいかと云うだけで、別段それでなくたっていい。おまけに、元々使っていたのよりも製品としてのランクも下がる。
 全体、メインで使おうと云うギターを、消去法でランクダウンさせてしまって本当にいいものか。そう考えると、どうも甚だ自信がない。
 自信がない物を買って、やっぱり気に入らなくてすぐ買い替えるのは貴族の所業である。自分は平民なのだから、そんな真似は到底できない。できないことを半端にやるのは格好が悪い。即ち不格好だ。無理に格好をつければ首が絞まる。首が絞まると生きられない。生きられないではつまらない。
 結局ギターは買わずに帰った。

 それからじきにコロナ騒動がいよいよ大袈裟になり、バンドは活動停止を余儀なくされた。
 そうして騒動は一向収まらず、その間にメンバーが一人、九州へ引っ越した。
 まさか九州からそう云って呼び付けるわけにもいかないから、今でも自分のバンドは休止したままなので、あのギターは買わなくてよかったと思う。

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