猫の正体
その一
子供の頃、近くの公園で遊んでいたら猫が寄ってきた。茶色のトラ猫だった。
随分人に馴れた様子で、にゃぁにゃぁ云って甘えてくる。頭を撫でてやると喜んで、ますます甘える。そうして撫でているうちに、どうかした弾みで顔が外れた。猫はお面を着けていたのである。
お面の下から、知らないおじさんの顔が何も云わずにこちらを見ていた。
自分は走って家へ帰った。
その二
大学時代に一度、ダニエルと一緒にライブを演った。
会場はダニエルの近所だから、前の晩から泊まりに来いと云う。そう云われても、ダニエルは実家住まいである。何だか悪いと断ったが、家族もお前に会いたがっているのだから是非泊まれと、さらに云ってくる。結局一晩お世話になることにした。
ちょうど土曜で、ご両親もお姉さんも揃っていた。
「百君、これ食べるかい」とお父さんに雲丹あられを勧められ、いただいたら随分美味くて驚いた。
「これ、美味しいですね!」
ぱくぱく食っていたら、じきに全部なくなった。
「おい、百君は随分雲丹あられが気に入ったみたいだよ。もっと出してあげなさい。帰りにも持たせてあげなさい」
「ごめん、それが最後だったのよ」と奥からお母さんが謝った。
「だったら買って来なさい」
自分は、これからライブを演るのに雲丹あられを持って行くわけにもいかないから、お気持ちだけで結構です、ありがとうございましたと礼を言った。
「ダニエル、あんたが今度百君に持って行ってあげなさいよ」と、お姉さんが言った。お姉さんはダニエルとそっくりだった。
ダニエルは「楽しみにしとけよ」とニヤリと笑った。
ダニエルの家では猫を二匹飼っていた。三毛とシャムである。
三毛の方が人馴れしているようで、すり寄ってきたので背中を撫でてやった。すると何だか硬いものが手に当たる。毛を除けて覗いて見たら、小さなチャックが付いていた。そっと開けると背骨が見えたので、慌てて閉めた。
「誰にも云うなよ」と、ダニエルが耳元で言った。
その三
ある朝、玄関を出るとボンネットに猫の足跡が着いていた。昨夜の雨で泥足になったやつが歩いたらしい。
「あら可愛い」と妻が言った。
妻は犬好き・猫嫌いである。いつも庭に猫が入ると大変な勢いで追い払うけれど、足跡だけなら可愛がるらしい。
そのまま猫跡車で出勤し、仕事をしている間に雨が降り出した。
「おい、雨だよ」
「え?」
トミーは外を見て嫌な顔をした。
「まじですか。天気予報で云ってなかったですよ」
「近頃はどうも、天気が不安定でいけないね」
「全く、地球が壊れたようですね」
「地球が壊れたか。確かにそうだ」
トミーもなかなか上手いことを云うものだと感心した。
帰りに職場の駐車場で猫に出くわした。この辺りに住んでいるグレーのハチワレである。自転車置場の屋根の下で丸くなっている。隠れるわけでもなく、じっとこちらの様子を窺っている。随分ふてぶてしい。
結局ハチワレは、自分が車に乗るまでずっとそうしてこちらを見ていた。
家に着く頃、雨は止んだ。車を降りると、ボンネットの足跡はもうなくなっていた。
「猫の足跡は雨で消えたよ」
「猫の足跡?」
「ほら、朝ボンネットに着いてたろう?」
「あぁ、あれね」
妻は別段興味もない様子でスマホを眺めだした。
晩酌をしながらアマプラで『ウォーキングデッド』を観ていると、駐車場から猫の声が聞こえた。
「猫が来たみたいだ」
「やだ、追い払って。生ゴミが外に出してある」
「そうか」
缶ビールを持ったまま玄関ドアを開けると、ネクタイ姿の知らないおじさんがうちの車をペタペタ触っていた。そうして「にゃぁ」と云った。
自分は、通夜の晩に鳴いていたのもこのおじさんだったかと思い、いろんなことに得心がいった。
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