浅間山と小林さん
自分が以前勤めていた派遣屋はそこそこ大きな会社で、有名メーカーの工場へ、まとまった人数のスタッフを入れていた。
派遣スタッフは地元採用だけでは間に合わないから全国で募集し、勤務地周辺のアパートをいくつか棟借して住まわせた。このアパートの管理を小林さんが担当していた。
小林さんは元々全然違う仕事をしていたのが、定年後の再就職で来た人である。現役時代に随分稼いだのか、いい車に乗って、営業所のメンバーへ何かにつけて食事や珈琲を奢ってくれる。いいですと云って断っても、まぁまぁと云って金を出す。長い付き合いであればこちらもお返しできただろうが、この会社にはあんまり長くいなかったから、結局もらったばかりである。そう思ったら、どうも悪かった気がする。
ある時、小林さんと二人で派遣スタッフの異動に立ち合った。得意先の工場で減産するから、該当部門のスタッフ四人をよその派遣先へ連れて行ったのである。
行き先は長野の佐久と、もう一ヶ所どこだったか忘れた。まだカーナビが普及する以前だったけれど、小林さんが先導すると云うので、ついて行けばいいだろうと思って、ルートの確認はしなかった。
当日、ハイエース二台にスタッフと彼らの荷物を乗せて、朝の内に出発した。途中のサービスエリアで食事をした。鮎を食べたのを覚えている。
「もうすぐ着きますかね?」と小林さんに言うと、小林さんも「もう半分以上は来たでしょうと」と言った。
ところが食事の後で地図を確認したら、まだ全行程の半分も行っていないのである。
ここまでにかかった時間を考えると、どうも約束の時刻に着くのは難しそうに思われた。
「これは、私が迂闊でした。ついて来てくださいなんて云ったのに」
小林さんが頭を抱えた。現役時代に何度か行った土地だと思っていたのが、どうやら見当違いだったらしい。それは迂闊に違いないけれど、自分も事前に確認していないのだからいけない。
「まぁ、一報入れて急いで行くしかないでしょう」
そこから随分なスピードで走った。途中の事業所で四人の内の三人を引き渡し、残り一人を佐久へ届けたのは三時頃だったと思う。
「これから本人は派遣先で挨拶と説明があるんで、引越し荷物の搬入はお二人でお願いします」
佐久の担当者は困っているような怒っているような変な顔をしながら、スタッフを連れて行った。
小林さんは何だか不服そうだったが、こちらが遅れたのだからいけない。
「まぁ、仕方がないですねぇ」
お互いにそう言って、三階の部屋へ荷物を運んだ。エレベーターがなかったから階段を使った。無闇に荷物が多く、随分大変だった。組立式のベッドなどもあって、二人ともへとへとになった。
終わった頃には夕暮れである。何だかきれいな山に日が差して、いよいよきれいに見えた。
「百さん、あれは浅間山ですよ。あの辺は群馬ですよ」と小林さんが言った。
いいなと思ったら応援しよう!
よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。