神と伊右衛門
フィリピン人の名前についてネットで調べていたら、エフレン・レイズの名前が出て来た。エフレン・レイズはビリヤード界で神様と呼ばれるプレイヤーである。
昔、何処其処のビリヤード屋のイベントへエフレン・レイズが来ると聞いて、小川さんと観に行ったことがある。
約束の時間は午後からだったが、暇だったので二時間ぐらい前に現地へ行った。マクドナルドで読書をしながら腹拵えするつもりだったのである。まだスマホなどない頃だったから、いつもどこへ行くにも読みかけの文庫本は持ち歩いていた。
ところが、店へ入る前にその本を家へ忘れて来たと気が付いた。本無しで二時間は、どうにも持て余す。
しようがないから先に近くの書店へ行って、本を漁った。そうして『嗤う伊右衛門』を購入した。
それからマクドナルドへ入ったけれど、書店で随分時間を使ってしまい、『嗤う伊右衛門』の最初の方を少し読んだだけで約束の刻限になった。
ビリヤード屋の前で小川さんと合流し、受付を済ませて店内に入ったら、既に随分な人が集まっていた。イベントと云ったって、普通のビリヤード屋だから立ち見である。なるべく見えそうな場所へ陣取ろうとしたけれど、そんな都合の良い所はとうに押さえられている。
「どうも、来るのが遅かったようだね」
「我々のレイズ熱がみんなよりも低かったらしい」
小川さんにそう言われて気付いたけれど、確かにどうしようもないほど観たいわけではないのである。
じきにレイズが現れて、ニコニコしながらスーパープレイを色々披露した。その都度歓声が上がり、小川さんは目をキラキラさせていた。泣いていたのかも知れない。
途中で休憩だというから、一度外へ出て、自販機でジュースを買った。
「凄いなぁ」小川さんがやっぱり目をキラキラさせながら溜息をついた。「さっきやってたやつ、あれ、百さん今度やってくれよ」
「できるわけがないだろう。全体、どうやってるのか見当もつかんよ。それより、君、泣いてるのか?」
「バカなことを云うものじゃぁないぜ。泣くわけがないだろう」
「だって目がキラキラしてるじゃないか」
「これは、あれだよ、鼻から煙が入ったんだよ」
小川さんのキラキラについては、どうでもいいのでそれぎり放っておいた。
最後に握手をしてサインをもらった。サインはちょうどいい物がなかったから、着ていたシャツの背中に書いてもらった。
「いいですね! そのシャツ、縁起物ですよ!」
司会の人にそう言われて、「そうですね」と応えておいた。縁起物には違いないが、これをどこで着るのだろうかと考えたら、勿体なかったようにも思われた。
結局シャツはビリヤードをする時に二、三度着た後、じきに捨てた。『嗤う伊右衛門』は未読のままで、今でも本棚に置いてある。
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