裏ルート
風邪をひいたらしいので朝食後に耳鼻科へ行くことにして、アプリから予約を入れようとすると、妻が直接行った方が早いと云う。
「予約はすぐに百何十人になるけど、直接行けばその隙間へ入れるのよ」
「普通に考えると、予約の後に回されるんじゃないかね?」
「それがそうじゃないのよ。だってみんながスマホ使えるわけじゃないから」
「それじゃあ予約するのが随分バカバカしいじゃないか」
「それでもこの前は実際そうだったから」
医院のスタッフからそう聞いたのだそうだ。スタッフが云うのなら間違いないだろうが、予約していた人が聞いたら怒るに違いない。
試しにアプリで確認したら、もう予約者は百五十人になっている。これから予約を入れても午後の診察になる。半信半疑のまま、予約はせずに行ってみた。
「何番で取られてますか?」
受付のスタッフは果たしてそう訊いて来た。当然ネットから予約しているだろうと決め付けた顔をしている。何だか憎たらしい。
「予約してないです」
「予約、取られてないんですか……?」
すると横からベテランらしきスタッフが現れた。
「えぇと、百さん。ではあちらでお話をお聞きしますね」
何だか、何処其処のバーの一番奥で飲んでいる男に合言葉を云ったら、相手が取引の話に応じてくるみたいな海外ドラマのシーンが浮かんだが、合言葉が「予約してないです」では幾分間抜けなように思われた。
自分は促されるまま待合の椅子に座り、ベテランに症状を伝えた。
「熱はどうです?」
「今朝は三十七度ありました」
それでもう一度図ったら、やっぱり三十七度を少し超えている。
「まだありますね。では、中待合でお待ちください」
今度は半畳ほどの狭い部屋に通されて、引戸を閉められた。熱がある者は隔離しなければならないのだそうだ。
「ごめんなさいね」とベテランは詫びたが、自分にしてみれば落ち着くスペースが確保できて、むしろありがたい。
じっくり待つ構えで持参した本を開いたけれど、熱のせいか、どうにも眠くてそれどころでない。とうとう本は諦めて、うたた寝しかけたところで、引戸がスルリと開いた。
「百裕さん、どうぞ」
先刻のベテランである。
時計を見ると、中待合へ案内されてから二十分しか経っていない。
自分はそれで、あの噂は本当だったと理解した。そうして予約システムの意味もおおよそわかった。
いいなと思ったら応援しよう!
よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。