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死ぬまでに見たい画家100人の作品 41人目 亀井佐知子

今年も東京藝術大学 藝祭に行ってきました。毎年恒例になっていますが、一番良かった作品を選んで見たいと思います。

数ある作品の中でもっとも心を奪われたのは亀井佐知子さんの「Habits “A good day for laundry”」。
この作品「Habits “A good day for laundry”」は、家の中の日常習慣をテーマにしたインスタレーションで、洗濯バサミ(clothespins、2,300x2,200x50mm)を用いて表現しています。基盤となるドローイングは、2024年3月10日から2025年7月31日までの約1年半、日本3地点の天気データを新聞の天気欄から集計した表です。亀井さんは父親の毎朝の新聞読み習慣を借り、雨の時間を記録しました。

バサミのない空白部分は雨の日を表し、母親の習慣である雨を除くほぼ毎日の洗濯行為を視覚化しています。帰省時に受け取る天気図を眺める度に、両親の長年のルーチンを思い浮かべ、作者は彼らの生活や同時期の知らない家庭の日常を想像しながら、3月10日の6時から順に一つずつバサミを挟みました。この手作業は、家族の絆と普遍的な習慣の風景を静かに描き出し、時間の積み重ねを体感させる作品です


天気予報の切り抜きも展示されていました。

作者のメッセージから、父親の新聞読みという習慣を通じて集められた天気データが基盤となり、母親の毎日の洗濯行為が形になる過程が、単なるインスタレーションではなく、個人的な記憶の結晶として浮かび上がります。2,300x2,200x50mmという大きさで広がるこの作品は、2024年3月10日から2025年7月31日までの約1年半の記録を一つずつ挟み込んだ手作業の労力を想像させるだけで、作者の家族への深い愛情と、知らない家庭の日常への共感が伝わってきます。雨の空白がもたらすリズムは、人生の予測不能さを象徴しつつ、晴れた日の積み重ねがもたらす安定感を強調しているようで、見る者に穏やかな感動を与えます。芸術祭の展示として、こうした身近なテーマが美術の力で昇華される姿に、日常の再発見の喜びを覚えました。

亀井佐知子:経歴と作品世界

1. 経歴:異色の学歴を持つ画家

亀井佐知子氏は1993年、神奈川県茅ヶ崎市に生まれました。彼女の経歴で特徴的なのは、美術大学へ進む前に、2017年に慶應義塾大学環境情報学部(SFC)を卒業している点です。大学在学中から絵本制作などを通じて創作に触れ、卒業後に本格的な作家活動を開始しました。

その後、芸術への探求を深めるため、2021年に東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻に入学し、改めて専門的な美術教育を受けます。2025年に同大学を卒業し、現在は大学院に在籍しています。この「情報学」と「油画」という、性質の異なる分野を学んだ経験が、彼女の作品に独特の視点と深みをもたらしています。

2. 作品の特色とテーマ

亀井氏の作品は、キャリアの時期によって大きく二つの傾向が見られます。

活動初期は、油彩画が中心でした。主なモチーフは「ありのままの生き物の姿」や、目には見えない「空間や次元に存在するエネルギー」です。作家自身が夢で見た風景や、幼少期の記憶の断片をインスピレーションの源泉としています。

独特の色彩で描かれる不思議な生き物たちは、幻想的でありながらも強い生命感を宿しています。これは、亀井氏が「見えないものを想像で描く」のではなく、「彼女自身には確かに見えているものを描き留めている」からだと評されています。その作品は、観る者の無意識や原風景に静かに語りかける力を持っています。

東京藝術大学での学びを経て、彼女の表現は大きく変化し、拡張しました。特に2025年の卒業制作展で発表された**《Divider》**は、彼女の現在の芸術的関心を示す象徴的な作品です。

この作品は、一見すると膨大な数(3〜4万枚)のクリアファイルにインデックスシールを貼り、整然と並べただけのインスタレーションに見えます。しかし、そのコンセプトは、既製品を素材として用いる際の「作品のオリジナリティ」や「再現性、保存性」といった、現代アートが直面する根本的な問いを探るものです。さらに、作品の制作過程や着想を詳細に記した記録書『The Recipe Book for “Divider”』を併せて制作・公開し、作品の概念そのものを提示しました。

このアプローチは、慶應SFCで培われた情報学的・批評的な思考と、藝大で学んだ造形表現が見事に結実した成果といえます。

3. 主な受賞歴と活動

亀井氏は学内外で高い評価を得ています。

  • 2022年: 久米桂一郎賞(東京藝術大学)

  • 2025年: 東京藝術大学卒業制作展にて、サロン・ド・プランタン賞およびO氏記念賞を受賞。

2018年の初個展以来、都内のギャラリーなどで定期的に個展を開催し、精力的に作品を発表し続けています。

まとめ:専門家としての評価

亀井佐知子氏は、「情報学的な知性」と「絵画的な感性」という二つの異なる軸を併せ持つ、非常にユニークなアーティストです。キャリア初期には、個人的な内面世界を豊かな色彩で描き出す優れた画家としての才能を示しました。

そして現在、その関心は単に「描くこと」から「アートそのものの構造や条件を問うこと」へと深化・拡張しています。卒業制作《Divider》で見せたコンセプチュアルなアプローチは、彼女が現代社会における表現の意味を深く思考する知的なアーティストであることを証明しました。

今後、この二つの側面がどのように交差し、新たな作品世界を生み出していくのか、非常に将来が期待される作家の一人です。

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