気づかないだけで、ちゃんとここにあった
この年までずっと一人で生きてきた。
いや、それ、嘘だよね。
誰にも頼らず生きられる訳がない。
親はもちろん、自分より大人達や自分を見えない部分支えてくれた人や、もの。
そしてこのnoteとで出会った人達。
間違いなくいる。
けど、どうしたって
「夫婦」「子供」「恋人」
より近しい存在の人達が絶対的なもの。
わたしにはないものだ。
ないものをずっと欲しがっていた。ないものねだり。
何故そこまで欲しがったのか。
それがないと「普通」じゃない。
そう思い込んでいた。
やや歪な感情でもある。
世間ではそれ相応の年になると求められる。
「世間体」的なもの。
特に「家族」は絶対的な存在。
こんなことを書くとわたしは冷たいかと思われるが、両親は健在している。
でも絶対的な存在ではない。
親は親の、わたしはわたしの人生がある。
家族であろうと別々の生きものだ。
育ててくれたことは感謝はしてるが、それでも両親のために人生を投げ打つことはできない。それはある時から決めている。
もちろん親が困った時は可能な限り支えたい。
その気持ちには偽りはないが、自分をすり減らすこと、自己犠牲はまた違うと思う。
お互いに助け合う存在でありたい。
それをきっと両親も望んでいる。
だからこそ今、良好な関係であるとは思う。
わたしを支えてくれた人達、職場の人、友人。
そんな存在なんていない……とか結構思いがちになるくらい縁は薄い。
しょっちゅうわたしは世界にひとりぼっちだなと思うくらいには。
でも、実際にはいる。
当たり前過ぎて気づけてなかったのかもしれない。
なんだかんだで仕事だって20年以上続けられたのは支えがあったから。
だからこそわたしも支えたいと思えた。
友人もそうだ。
気楽に人と繋がりやすい現代ではある。
でも本音が話せる、会ってくれる人がいるって実は奇跡みたいなこと。
それだって間違いなく「あい」があるからこそ。何もないと動かない。
一人では生きられない。
きっとわたしは「支えあい」「助けあい」がある世界であれば生きていけるのだろう。
「家族」の枠に拘らなくても。
わたしの求める「普通」とは違っていた。
でもなくてもいいのしれない。
最近そう思えるようになって、生きるのが前よりだいぶ楽になった。
Q:あいってなんですか?
簡単そうでなかなか出せない答え。
もしかしたらこの先も変わるかもしれない。
でも今の答えはこちら。
A:生きるために必要な糧。
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