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無理に何者にならなくていいのかな【読書記録】

何者になりたい。
何か肩書きがずっと欲しかった。

具体的に言えば、妻と母とか、恋人。
それは本当に肩書きと言えるのかどうかは別として。正確にはポジションかな。
年を重ねると自分を取り巻く人達は段々とそういう立場に変わっていく。
わたしだけ取り残されていくような恐怖。
焦りと孤独が容赦なく押し寄せた。
自分なりに奮闘したけど、それは得られなかった。多分この先も(妻とかわからないけどね)

次に考えるのは職業や活動的なもの。
ライターやってます。
物書きしてます。
〇〇やってます。
自称〇〇です!

#なんのはなしですか


noteのプロフィールや自己紹介に
わたしは〇〇です。

と堂々と言えるものがない。
もうnoteも6年やっているのに。

結局のところはただ書くが好き。本が好き。
本作りが好き。


多分それ以上でもそれ以下でもない。

本当はそれを何かに活かせたらいいなとは思うけど。そこまでの領域はいけてない。
発信が定まってないのもあるのかな。

基本は自分と向き合うこと。生き方の模索。

隣の芝は青く見える
なんて言われるけど、まさにそれ。

前みたいにはさほど落ち込まないけど、
ただただ眩しかった。羨ましかった。

いいなあああ。
わたし、なんもないなあ。

多少のはったりや強がっててもいいとは思う。
将来的近づけたらいいのだから。

みけにゃんって言ったら〇〇だよね。
ってどこかで認識されたかった。受け入れて欲しかった。

そう、ずっと思っていた。

けど、最近はもうなんか、いいかなと思えた。

執着しても得られないもの。
わたしだけの、努力の問題だけじゃないから。

何者じゃなくても、肩書きがなくてもわたしはわたし。
それでいいじゃない。

と思えるようになってきた。

好きなものがたくさん、やりたいことがある。
考えていることがある。

それが時に同じような感覚の人、一人でも届けられればしあわせなこと。奇跡みたいなこと。



この本を読んで、もう少し生きることに、肩力抜いていいかなと思えた。
読了の心地よさがたまらなく好き。
夜の散歩、お互い姿見えないからやりやすいのかな。
わたしは朝がいいけど。
人間関係模様もドライ、さっぱり感がいい。
寺地先生の作品、他にも読んでみたい。


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