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あの人と比べて苦しい時、魂の速度を思い出してみてください

「なんで私ばっかり…」と、夜につぶやいたことはありませんか?

他人がうまくいってるように見える夜、ありませんか?
こっちはなんとか今日一日を乗り越えたのに──

  • SNSを開けばキラキラ笑顔の人たちが「今日は最高でした♡」

  • 職場では隣の人だけなぜか、毎回“ありがとう”をもらってる

  • 家に帰れば「お風呂洗っといて」と言われる(え?それだけ?)

「私って、なんでこんなに報われないんだろう…」

夜中に天井を見ながら、
天井は何も返してこない、みたいな時間。

でも、その苦しみは、
あなたの“魂が鈍い”からでも、努力が足りないからでも、
ネガティブ星人だからでもありません。

それは──あなたの魂の速度と、世の中のテンポがズレているだけなんです。


このnoteは、
「比べて苦しくなる」あなたに向けて、
“魂の速度”という視点で届けるちょっと変わった癒しの話です。

焦らなくていい。
整わなくていい。
あの人にならなくていい。

なたの速度で生きるって、すごく自然で、すごく尊いんです。


“比べてしまう”のは、あなたが壊れてるからじゃない。

他人と比べてしまう──

「あの人はできてるのに、なんで私は…」
「ちゃんとやってるつもりなんだけどな…」
「努力しても、報われるのはいつも“あの人”」

はい、ありますよね。
僕もSNSで、見知らぬ人のキラキラ投稿に「おぉ…」ってなることあります(笑)

でも、ちょっと待って。

それ、本当に“あなたの問題”でしょうか?

たとえば、こう考えてみてください。

🚅 新幹線と⛴ 船、どっちが速い?

って比べることに意味ありますか?

新幹線は地上を走るためにできてるし、
船は水の上をゆっくり進むためにある。

つまり、乗り物にはそれぞれ“合う道”があるんです。

あなたの魂は、ゆっくり感じて、じっくり育つための乗り物かもしれません。

  • 感じるのが遅いときもある

  • 落ち込んでから浮上するまでに、2泊3日かかることもある

  • 一人にならないと回復できない夜もある

でもそれは、壊れてるわけでも、努力不足でもなくて──
ただ、魂の速度が“あなた仕様”なだけです。

無理にスピードアップしようとすると、
心が置いてきぼりになります。

自分にしかない速度。
それこそが、あなただけの“魂のリズム”です。


「もっとできる私にならなきゃ」の正体

僕もかつては、思ってました。

「もっとできる自分にならなきゃ」
「このままじゃ、ダメな大人代表になってしまう」
「“整ってる風”くらいにはなろう」

SNSを見れば「朝5時に起きて瞑想・筋トレ・感謝ノート」な人がいて、
「いや、こっちは朝5時に目は開いても体は開かんのよ」と思いながら、
布団の中でエネルギーだけ動かしてました(イメージトレーニングで)。

でもある時、ふと気づいたんです。

「その“ちゃんと”って、誰が決めたんだ?」

  • 感情を出さないこと?

  • いつも笑ってること?

  • 迷惑をかけないこと?

それって、外の世界に“合わせた”結果できた“正しさ”じゃないでしょうか。

僕の魂は、
そんなにスピーディーに“変化”とか“成長”とかできるタイプじゃありません。
むしろ、一緒にゆらゆらしてたい派です。

あなたの魂も、

「ちょっと待って、それ本当にわたしの望み?」
と問いかけてくれているかもしれません。

ここまで頑張ってきた“ちゃんと”は、
きっと誰かの期待に応えたかった結果です。

でもね、もうそろそろ、
「自分の魂のペース」に合わせて、生きてみてもいいんじゃないかと僕は思うんです。


“治したい気持ち”も、魂と一緒にある感情だった

「魂とつながる」とか言ってるけど、
「病気になったら、もうスピリチュアル失格ですか?」って話なんですよ。

僕はいま、パーキンソン病と一緒に暮らしています。
治っていません。けど──

治れば嬉しいですよ? めっちゃ正直に言えば。

通院もします。リハビリもします。ちゃんと。

ヒーラーだからって、病院行かないわけじゃありません。
整体やエネルギーワークもしますけど、
同時に、西洋医学も神様からのツールだと思ってます。

病院に行き、
先生に「じゃあ次回MRI撮りましょうか」と言われ、
内心で「おぉ…来たか…」と思いながら、
受付で機械的に「ハイ次ハゴガツニジュウサンニチ」って言われてます(笑)


それでも、「今の自分はダメだ」とは、思いません。

体が動かない日もあります。
思ったように施術ができない日もあります。
自分の動きがもどかしいことも、そりゃあります。

でも、そのことを“どうにかしなきゃ”とは思わないようになりました。

病気も、病院も、リハビリも──
僕に与えられたものなんだなと思っています。

コントロールできることは、やります。

  • 自分でできる範囲でケアをする

  • 動ける日は動いて、動けない日は止まる

  • 必要なら人に頼る

コントロールできる部分は、ちゃんと選択します。

でも、コントロールできないことは「そうか、これも今なんだな」って、受け入れています。
それが難しいと感じる日も、当然あります。

これは“諦め”じゃなく、“一緒にいる”という選択です。

だから、病気も「敵」じゃなくなった。

昔は「病気=やっつけるべきもの」だったけど、
いまは違います。

病気も、僕の一部。
僕の体と、魂と、いま一緒に旅してる仲間。

そう思えるようになってから、
無理にポジティブにならなくても、
自然と“おだやかさ”が戻ってくるようになったんです。

 「治したい」は、人間として当然。でも──

「治したい」って思ってもいい。
「変わりたい」と思ってもいい。

でもそれが、今の自分を否定する理由にする必要はない

「治したい」と「今ここにある」は、両立します。

だから、あなたが今「もっと変わりたい」「こんな自分じゃダメかも」と思っているなら、
その“願い”を否定しなくていいんです。

その願いも、魂と一緒にここにある“自然な感情”なんです。


整えるより、“今の感覚”と一緒にいること

「もっとポジティブに考えよう」
「いい波動を出して、引き寄せ体質に」
「まずは自分を整えてからじゃないと」

──そんな言葉に、知らないうちに疲れてしまった日がありました。

もちろん、整えること自体が悪いわけじゃないんです。
ただ、整えようとすればするほど、

“今ここにある自分”が、どこか置いてけぼりになっていく感覚があったんです。

たとえば、気持ちがモヤモヤしている日。
「この感情、早く手放さなきゃ」と思えば思うほど、
その感情がなかなか出ていってくれない──そんなこと、ありませんか。

実はそれって、

無理に追い払おうとして「今の感覚」から自分が離れているから、なんですよね。

整えることよりも、まず「一緒にいる」こと

何かを変えようとする前に、
まずは「いま感じてること」と一緒にいる。

  • イライラしてるなら、「イライラしてるな」って

  • 不安があるなら、「不安なんだな」って

  • どこか寂しいなら、「ああ、寂しいんだね」って

それだけで、感情って、少しずつ呼吸を取り戻すんです。

“癒す”とか“整える”というよりも、
“ただそこに在る”ことを許す。
それが、僕にとっての「整えない癒し」です。

僕自身、「癒し」の意味が変わった

昔の僕は、「癒し=整えること」だと思っていました。

  • 感情を落ち着けること

  • 波動を高めること

  • ネガティブを手放すこと

でも、病気と一緒に暮らすようになってから、
どうにもならない日も、何も起きない時間も、
“ただある”という状態と長く付き合うようになりました。

そして、ある日ふと気づいたんです。

癒しって、「このままで、ここにいていい」って感じられる時間のことなんじゃないかと思うんです。

整っていなくてもいい。
笑えてなくてもいい。
動けない日があっても、何もできない夜があっても。

その全部が、「いまここ」にある命の風景。

まずは、“今のままの感覚”とつながってみる

調子がいい日もあれば、悪い日もあります。
パワーがみなぎる日もあれば、
布団と仲良くしていたい日もある。

呼吸が浅いときは、「深呼吸しなきゃ」よりも、
「浅くなってるなあ」と気づくだけでいいんです。

その「気づき」が、
魂とつながる最初の合図になります。

焦らず、
無理せず、
整えようともしなくていい。

ただ、いまここにある感覚と一緒にいるだけで、魂はちゃんと応えてくれる。


「私の魂は、今なにを感じてる?」と問いかけてみてください

比べてしまう日、
焦ってしまう日、
“こんな自分じゃダメかも”って思ってしまう日。

そんなとき、
何かをすぐに“変える”よりも、
ひとつだけ、ゆっくり問いかけてみてほしいんです。

「私の魂は、今、なにを感じてる?」

これ、意外と聞かれ慣れてない質問なんですよ。

  • やらなきゃいけないことはすぐ浮かぶ

  • 足りないことや反省点はすぐ出てくる

でも、“魂の今”って、ちょっと静かなところにあるから──
ちゃんと時間をかけないと、声が聞こえてこないこともあるんです。

たとえば僕はある日、
「今日は何ができたか」じゃなくて、
「今日はどんな感じだったか」って聞いてみたんです、自分に。

そしたら、ふわっと青い空のイメージが浮かんできたんです。
ただただ、広くて、すこし風が流れてて。

その瞬間から「あー…途中ちょっと笑えたな」とか、
「何もできてないけど、まあ、そんな日もあるよね」って、
自然に思い出せたんですよね。

そして「何もできてないけど、まあ、そんな日もあるよね」とか、
感想みたいな、息みたいな答えが返ってきました。

そのとき、ふと思ったんです。

「ああ、こんなふうに感じてる今も、ちゃんと“ここにいる”ってことなんだなぁって。」

魂って、
成果よりも「今なにを感じているか」に耳を澄ませている気がします。

だから、何もできてなくても、何も変わっていなくても──
「いまこう感じてるんだな」と静かにわかってあげるだけで、
内側に置き去りにしてきた自分が、少しずつ戻ってくるんです。


このnoteは、“魂の速度”で戻ってこられる場所です

このnoteは、
“変わるための場所”ではありません。

  • 動けない日でも

  • 笑えない夜でも

  • 誰にも理解されなかった一週間でも

ここに来て、

「あ、こんな自分でも、大丈夫だったんだな」
って少しでも思えたら、
それがもう、魂とつながる時間です。

焦る日があってもいい。
凹む日があってもいい。
比べてしまう日があっても、いい。

その全部を無理に変えようとしなくても、
“ここにある”ということだけで、ちゃんと豊かさはある。

このnoteが、
そんなふうに“あなたの魂の速度”に帰ってこれる場所になりますように。


魂と共鳴する魔法の言葉

「変わらなくても、魂はちゃんと今ここにいる」

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