あなたにとってお金を一言で表すなら、どんな存在?|ハッピーライティングマラソン#45
お金のことをあまり気にしたことはありせん。
今まで気にせずにこれたという感じでしょうか。
子供のころは、おこづかいやお年玉で欲しいものが買えました。
欲しいものといっても、漫画やプラモデル、おまけ付きのお菓子。
両親ともに田舎の出身で、兄弟姉妹も多く、
夏休みと冬休みに帰省すると、多くの親族が集まっていました。
宴会が始まると子供たちも呼ばれ、おこづかいが配られます。
そこで集まるお金はそこそこのものでした。
母の実家は料理旅館を営んでいて、
おじいちゃんはその町の町長をしていたこともあります。
父のほうの家も、町の商店街の一角で商いをしており、
どちらも人の出入りが多く、
ぼくらがうろちょろしていると、「おおきいなったなあ~」と言って、
知らないおっちゃんがポンとおこづかいをくれるんです。
田舎はいいですね。
昭和は人情あふれるいい時代だったのかもしれません。
あのお金は紙幣というかたちの暖かい空気でした。
ぼくらはそれを持ってすぐ駄菓子屋に飛んで行きました。
今思うとそうやって経済が回っていたのでしょう。
父親は田舎から神戸に出て、親族と共に小さな鉄工所を営み、
勤勉節約を絵にかいたような人で、お金には厳しかった。
家財道具、電化製品、なにを買うにもあれこれ吟味してから。
買うなら良いものを買って長く使うがポリシーで、
なんでも雑に扱うとけっこう叱られたものです。
食べ物を残すなんてこともありえないことでした。
よく人生に絡めてお金の話をしていましたので、
独特の美学があったような気がします。
ぼくはというと、自分で言うのもなんですが、お金にはルーズです。
あるなら使う。ないならない。
若いころ給料は全部その月のうちに使ってました。
彼女と遊ぶ、同僚と飲みにいく、たまに旅をする。
お酒が好きで飲みだしたらとまらない。
2件目行って、最後はラウンジのピアノ伴奏で気分よく歌う。
お金が残るはずはありません。貯金なんて考えたこともない。
今日が楽しければそれでよかった。
お金は喜びとの引換券だったのでしょうか。
新婚旅行も「バリ島にいきたいね」で、バリに行きました。
子供も2人、人並みに育ってくれました。
女房には感謝しています。
ルーズなぼくと違って、あれこれ工面工夫してくれてたのでしょう。
こんなぼくですから家計はおまかせ。
「いまいくらある?」「いくら必要?」なんて会話、したこともありません。
もちろん、長く生きてきましたから、いろいろありました。
いろいろありましたけど、不思議となんとかなった。
「お金はあった」
これ、実感です。
ぼくにとってお金を一言で表すなら、
「お金は遠景」
山々がそこにあるから景色が成り立つように、
お金は人生の背景として、豊かな山並みとして常にそこにあった。
そう言うぼくは、たぶん恵まれていたのでしょう。
親、先輩、多くの方々のご好意とお力添えがあって今のぼくがある。
その恵みの流れに身をゆだね、感謝とともに歩を進めるとき、
遠景は悠々と静かに、美しく輝く。
そして、八百万の神々、この宇宙を成した創造主には、
格別の想いと、最上級の感謝を。
最後に、この記事を読んでいただいた皆さまに、
心からの ありがとう を。

本田健さん
スタッフの皆さま
いつも素敵なお題をありがとうございます。
こうしてさまざまな角度から自分を振り返って眺めていると、
じわじわと感謝の念が湧いてきます。
そしてそれに応えるように、今日をより良く生きよう、
自分らしく生きようと思えてくるのです。
ありがとうございます。
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ありがとうございます。適度な運動とバランスのとれた食事。良質な睡眠。ご自愛ください。