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一票の格差訴訟は勝ってはいけない裁判だと思う…。むしろ勝たされている?

「一票の格差訴訟は、本当に勝って良い裁判なのだろうか?」

これは私自身が考えている一つの仮説です。

まず、「一票の格差」とは、人口の多い選挙区と人口の少ない選挙区で、一票の価値に差が生じてしまい それを平等にしましょうという話題です。

例えば、人口の少ない地域では10万票で議員を1人選べるのに対し、人口の多い地域では20万票必要であれば、一票の価値には約2倍の差が生じます。

この格差をできるだけ小さくするために導入された考え方の一つがアダムズ方式です。

アダムズ方式とは、人口に応じて各都道府県へ議席を配分する計算方法で、人口の変化に合わせて議席数を見直し、一票の格差をできるだけ小さくしようという制度です。

また、人口の少ない地域では合区(ごうく)という制度も国会で話し合われています。

合区とは、人口の少ない県同士を一つの選挙区にまとめ、一人の議員を選ぶ制度です。

つまり、アダムズ方式も合区も、「一票の格差を小さくする」ことを目的として導入された制度です。

しかし、ここで私は一つ疑問を持ちます。

議員議席数を増やす議論を行わない場合、
一票の格差を限りなく小さくしようとすればするほど、人口の少ない地域の議席は減ってしまいます。

つまり、

「一票の平等」を追求するほど、「地方の代表」が減っていく。

これは、本来の民主主義の姿なのでしょうか。

ここで考えてみて頂きたいのが、

もし本当に一票の格差を限りなく小さくしたいのであれば、「地方の議席を減らす」という方法だけではなく、「国会全体の議席を増やす」という方法も議論されるべきと考えられるはずです。

例えば、格差を1.2倍程度まで縮めようとするのであれば、1000議席程議席数を設ければ、地方から議席数を減らすことなく一票の格差を理想に近付けられます。

しかし、少なくとも「議席を増やす」という選択肢そのものが、十分に議論されているようにも一票の格差訴訟で論点に加えられているようには私には見えません。

結果として議論されるのは、「地方の議席を減らす」という方向ばかりです。

だから私は、

「一票の格差訴訟は、本当に一票の価値を平等にするための裁判なのだろうか。」

それとも、

「結果として地方の代表を減らす方向へ制度を動かしているだけではないのだろうか。」
つまり、政権・与党の利害の一致から勝たされている…

という疑問を持っています。

例えば、イメージしやすいように数字を減らして、
一人の政治家が一万人を担当するとします。

都市部では、一棟2,000人が住むタワーマンションなら5棟で一万人になります。

仮に15棟を担当することになったとしても、住民は比較的狭い範囲に集中して暮らしており、行政機関や病院、学校、公共交通なども集まっています。

活動範囲は比較的限られています。

一方、過疎地では、5,000人が何十キロ、何百キロにも広がる地域で暮らしていることも珍しくありません。

そのような地域が二つ集まって一万人になることもあります。

そこでは人口が少なくても、

・道路の維持
・医療機関へのアクセス
・学校の統廃合
・公共交通の維持
・災害対応
・農林水産業の課題

など、多くの地域課題を抱えています。

さらに、住民の声を聞くためには長距離を移動しなければならず、地域ごとに事情も大きく異なります。

つまり、同じ一万人を代表すると言っても、政治家が向き合う地域の広さ、課題の種類、住民の声を拾うための負担は都市部とは大きく異なります。

人口は同じでも、政治家の仕事量が同じとは限りません。

言い換えれば、

「人口が半分だからといって、政治家の仕事量まで半分になるわけではないし、逆さに2倍3倍の仕事量があるかも知れません。」

ということです。

それにもかかわらず、一票の格差だけを基準に地方の議席を減らし続ければ、地方特有の課題を国会で代弁する人は少なくなり、地方の声は少しずつ国政から消えていくことになります。

だから私は、

「一票の価値の平等」と「地域を代表する民主主義」

この二つは、どちらか一方だけを優先するのではなく、両立させる方法を考えるべきではないかと思っています。

そして最後に、一つの疑問が残ります。

もし地方の議席を減らす方向ばかりが進み、その結果として政権や与党に有利な政治構造になるのであれば、

なぜ「議席を増やす」という選択肢は、ほとんど議論されないのでしょうか。

私は「政府や与党に都合が良いから、そうなっている」と断定したいわけではありません。

しかし、「地方の議席を減らす」という方向ばかりが進み、「議席を増やす」という選択肢がほとんど議論されない現状を見ると、そのような見方も成り立つのではないか、と考えてしまいます。

これは一つの仮説であり、私は一票の格差訴訟は勝ってはいけない。勝たされている。と、考えています。

一票の格差だけではなく、「地域代表とは何か」「民主主義とは何か」という視点からも、この問題を考えてみる価値があるのではないでしょうか。

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