江戸時代の潮位表が、南海トラフ地震の予測につながる?
みなさんは「潮位表」と聞くと、どんなイメージを持つでしょうか。
釣りや船の運航に欠かせない、海の干満を示す表。実はこれ、江戸時代から作られていて、しかも南海トラフ地震の予測研究にまで役立っているのです。
江戸の人々と潮位の記録
江戸時代、港町や藩政にとって「潮の満ち引き」を知ることは死活問題でした。そのため、各地で潮の時間や高さを記した「潮見表」や「潮位の記録」がまとめられました。
地震や津波が起こると、人々はこうした普段の潮の状態と比べて「今回は異常に引いた」「石段の○段目まで水が来た」と細かく記録を残しました。これがのちに、地盤がどれだけ隆起したか、沈んだかを推定する大切な手がかりとなります。
宝永・安政・昭和と続く潮位の記録
1707年 宝永地震
室戸岬では「海岸が持ち上がり、港が干上がった」との記録。ここから約2mの隆起が推定されています。
1854年 安政地震
室津港では「以前より潮が引きすぎる」との記録があり、約1.2mの隆起が判明。これは当時の潮位観測帳と照合した成果です。
1946年 昭和南海地震
近代的な検潮儀による潮位表と比較できたため、室津港で約1.15m隆起したことが精密に測定されました。
地震予測にどう活かされているか
今日、南海トラフ地震の予測研究では「いつ、どこで、どれくらいの地殻変動が起きたのか」を長いスパンで調べています。
そのときに役立つのが、江戸時代の潮位記録や潮見表。
例えば「どのくらい港が浅くなったか」「井戸の水位がどう変わったか」という情報が、地盤の隆起沈降を示す直接的な証拠となります。
つまり、何百年も前の人々の観察が、いまの防災科学につながっているわけです。
おわりに
普段は釣りや船の出入りのためにまとめられていた潮位表が、地震の記録として残り、そして未来の防災に生きている。
江戸時代の人々が几帳面に「潮の高さ」を書き留めてくれたからこそ、私たちは南海トラフ地震の長期予測に一歩近づけているのです。
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