生成AIによるソフトウエアの提供価値変化とアウトカム課金の功罪
はじめに
SaaS企業の株価は、下落局面に突入するかもしれません。ソフトウェアのセクターETFの価格が大幅に下落。2026年1月29日は、コロナショック以来、ソフトウェア銘柄にとって最悪の1日となりました。

今、至る所で語られているのは「SaaS is Dead」というストーリーです。
これに対して、生成AIの台頭により顧客が自社開発に切り替え、既存のSaaSを解約することで「解約率」が上がるのではないかという懸念が生まれ始めています。
確かに、ChatGPTやClaudeといったツールを使えば、以前なら数週間かかっていた開発が数時間で完了する。ちょっとした業務ツールであれば、SaaSを契約するより自分たちで作ってしまった方が早いし安い──そんな判断をする企業が増えても不思議ではないです。
ただ私自身は、SaaSというビジネスモデルが文字通り自社ツールに置き換わることはないと考えています。むしろ、ここで起きているのは、もっと本質的な変化。生成AIの台頭によって、ソフトウェアが企業に提供する「価値」そのものが根本から変わりつつあると感じています。これはマクロ的視点でみるととてつもない進化であると同時に、一歩間違えるとソフトウェアビジネスに対して致命的な影響を与えかねないものにもなる。
この記事では、エンジニアや技術の視点ではなく、非エンジニアの事業戦略的な視点で、生成AIによるソフトウェアビジネスの質的変化とそれがもたらす未来について考えてみたいと思います。
1. 生成AIで本質的に変わったこと──ソフトウェアの「範囲」の拡張
従来のソフトウェア:インプット→アウトプット
従来のソフトウェアは、基本的に「インプットを受け取り、アウトプットを出力する」というモデルで設計されていました。ユーザーがデータを入力し、ソフトウェアがそれを処理して結果を返す。
この構造の中で、ソフトウェアベンダーは「いかにインプットしやすくするか」(優れたUI/UX)と「いかにアウトプットを成果につなげやすくするか」(レポーティング、可視化、連携機能)で差別化が図られてきました。
【従来のソフトウェア】
人間 → [インプット] → ソフトウェア → [アウトプット] → 人間が成果に変換
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ここを効率化するのが ここを活用しやすくするのが
UI/UXの価値 連携・可視化機能の価値生成AI時代のソフトウェア:インテント→アウトカム
生成AIの登場により、この構造は根本的に変わりつつあります。ユーザーは「やりたいこと(インテント)」を伝えるだけで、AIエージェントが必要な情報を自律的に取得し(インプットの代行)、処理を実行し、そのまま業務上の成果(アウトカム)まで導いてくれるようになります。
(画像)
【生成AI時代のソフトウェア】
人間 → [インテント] → AIエージェント → [インプット取得→処理→アクション] → [アウトカム]
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「経費精算して」 すべてAIが自律的に実行
と言うだけ (人間はUIを触らない)従来、人間はシステム間の「結合点」でした。どこに行き、何の情報を取り、何をするか──これらは人の頭か社内Wikiにありました。しかし、これからはAIエージェントがその役割を担うことになります。ソフトウェアの守備範囲は「インプット→アウトプット」から「インテント→アウトカム」へと大きく拡張されたといえます。
2 範囲の拡張が事業戦略に与える影響
従来のソフトウェアにおける差別化
これまでのソフトウェアビジネスでは、顧客がソフトウェアを選定する際に評価する要素は多岐にわたっていました。
UIの優劣:直感的に操作できるか、学習コストは低いか
連携できる外部サービスの数:他のツールとデータ連携できるか、APIは充実しているか
機能の網羅性:、どれだけ多くのユースケースをカバーしているか
導入のしやすさ:初期設定の手間、オンボーディングの充実度、サポート体制
価格体系の柔軟性:スモールスタートできるか、将来のコスト予測は立てやすいか
顧客は、これらの要素を総合的に評価して、「うちの会社はこのSaaSがよさそう」と判断します。逆に言えば、ソフトウェアベンダー側はこれらの要素のどこかで優位性を築くことで、競合との差別化を図ることができました。この多軸での競争が、市場の多様性と各社の収益性を支えていました。
AI時代のソフトウェアにおける差別化
ところが、ソフトウェアが「インテントからアウトカムまで」を提供する世界では、この構図が根本的に変わります。それは、ソフトウェアに対して評価される対象が、「過程(プロセス)」から「結果(アウトカム)」へ移行するからです。
具体例で考えてみましょう。ある経費精算SaaSがあるとします。従来であれば、以下の様な点が差別化要因でした。
「領収書をスマホで撮影するだけでOCRで自動入力される」(UIの優位性)
「会計ソフト10種類、銀行API50行と連携済み」(連携の優位性)
「承認ワークフローが柔軟にカスタマイズできる」(機能の優位性)
しかし、AIエージェントが「経費精算を完了させる」というアウトカムを直接提供できるようになると、顧客が問うのは「1件の経費精算を正確に完了させるのにいくらかかるか」という一点のみになります。
UIが美しいかどうか、連携先が多いかどうかは、もはや評価項目ですらなくなってしまう。なぜなら、ユーザーはUIを直接操作しないし、AIエージェントが裏で最適な連携を勝手にやってくれるからです。
アカウント数課金からアウトカム課金へ
こうした評価軸の変化は、課金体系に影響を及ぼします。
ソフトウェアが「ツール」から「成果を生み出すサービス」へと変貌することで、これまでのようなアカウント数ベースの課金体系から、アウトカムベースの課金体系が主流になっていくでしょう。
IDCも、2028年までに「アカウント数ベース課金は時代遅れになり、70%のソフトウェアベンダーが消費量・成果・組織能力といった新しい価値指標に基づく価格戦略へ移行する」と予測しています。
この課金モデルの転換は、短期的には市場の成長を加速させる強力なエンジンとなりますが、同時にソフトウェアビジネスの構造に深刻な問題をもたらす可能性も秘めています。
3. アウトカム課金の功罪
顧客とベンダーの利害一致
従来の「アカウント数課金」では、ベンダーは「使われるかどうかに関わらず、とにかくアカウント数を増やしたい」というインセンティブが働きます。一方、顧客は「できるだけ少ないアカウントで運用したい」と考える。両者の利害は必ずしも一致しません。
対して「アウトカム課金」は、「成果に対してのみ報酬を払う」という単純明快な構造です。ベンダーは成果を出さなければ稼げないし、顧客は成果が出た分だけ払えばいい。利害が完全に一致するため、顧客からの受け入れられやすさは段違いです。そのため、アウトカム課金は、短期的には強力な成長エンジンになるでしょう。
参入障壁の低下と技術的優位性の不可視化
しかし、ソフトウェア企業の目線から見ると、アウトカム課金は事業戦略上の深刻な問題を孕んでいます。
前章で述べたように、評価軸が「1アウトカムあたりの価格」という単一軸に収束することで、多軸での差別化ができなくなります。しかし問題はそれだけではありません。この単一軸化は、参入障壁の低下と技術的優位性の不可視化という、さらに深刻な帰結をもたらします。
たとえば、「月末のレポート作成」というアウトカムを提供する2社があるとします。
会社A:裏側は完全人力。オペレーターが手作業でデータを集計している。コストは月100万円。
会社B:AIで完全自動化。サーバー代だけで月10万円で実現。
もし両社が同じ品質のレポートを同じ納期で提供できるなら、顧客にとっての価値は全く同じです。
ここで会社Aが赤字覚悟で月15万円の価格を提示し、まず市場シェアを取ってから徐々に自動化を進める──こんな戦略も十分に成立します。
一方、技術投資をして効率的なシステムを構築した会社Bは、本来ならコスト優位性があるはずですが、顧客からはその差が見えません。会社Aが低価格で参入してくれば、同じ価格まで下げるか、シェアを失うかの選択を迫られます。
従来のSaaS市場でも「まずプロダクトを出してから改善する」という手法はありましたが、それでも最低限のUI品質や機能は求められたし、既に競合がいる場合はかなりの投資が必要でした。
しかしアウトカム課金の世界では、技術的に洗練されていなくても、アウトカムさえ出せれば参入できてしまうため、参入障壁が大幅に下がります。「しっかり設計して効率的なシステムを作った会社」と「とりあえず人海戦術で突っ込んで後から改善する会社」が、全く同じ土俵で戦える──これがアウトカム課金の構造的な問題です。
価格競争への収束と収益性の低下
こうした構造が広がれば、市場は必然的に価格競争へと向かいます。
評価が単一軸となったことで、ユーザーにとっては比較がものすごく容易になるため、各社は「いかに価格を下げるか」の勝負を強いられる。参入障壁が下がることで新規参入も増え、競争はさらに激化します。
その結果、長期的にソフトウェアの価値は単純なBPOに近い構造へと変質していくでしょう。アウトカム課金では、ソフトウェアの価値がAIモデルの処理コストに還元され、行き着く先は使用するAIモデルの計算コストに10〜20%程度のマージンを乗せて請求して終わり、という世界です。
技術的な工夫や長期的な投資は評価されず、誰もが同じような薄利多売のビジネスに収束していく──最悪のシナリオは、アウトカム課金がクオリティの競争を犠牲にし、マージンを圧縮し、結果として誰も儲からなくなるという事態です。特に、誰でも参入できるタイプの業務でAI BPOを提供するようなビジネスにおいては、この構造に陥る可能性が低くないでしょう。
だからこそ、ソフトウェア企業は安易にアウトカム課金に飛びつくべきではありません。アウトカム課金が適したビジネスもあれば、そうでないビジネスもあります。後者にまでアウトカム課金が無分別に拡大し、業界全体を「価格だけで比較される」コモディティ市場に変えてしまうリスクを感じています。
では、こうした価格競争とマージン圧縮の構造の中で、ソフトウェア企業はどう戦えばよいのでしょうか。ここで、ある重要な問いが浮上します。
「成果まで出したうえで薄いマージンしかもらえないなら、改善効果を丸ごと享受できる別のアプローチがあるのではないか。」
4. 新たな競合環境
上記の問いに対する一つの答えが、ソフトウェア業界の競合環境をさらに大きく変えるかもしれません。
ソフトウェア提供の構造的ジレンマ
ソフトウェアがアウトカムまで提供できるようになると、それによるコスト削減分の一部を「ソフトウェア利用料」として受け取る形となります。
たとえば、バックオフィス業務を自動化するソフトウェアを提供し、顧客企業が月100万円のコスト削減を実現したとします。そのうちソフトウェア企業が受け取れるのは、月10万円の利用料だけ。残りの90万円は顧客企業の利益として流れていきます。
ソフトウェア企業の立場としては、せっかくAIを活用して「コスト改善」という成果まで実現できるのであれば、その成果をできるだけ自社の利益として取り込みたいと考えるのが自然でしょう。
しかし、競合がいる限り、顧客企業の利益をどれだけ残すかが競争力の源泉になります。顧客にとって魅力的な価格を提示するほど、自社の取り分は減っていく──これがソフトウェア提供の構造的なジレンマです。
PEファンドという新しい競合の出現
では、このジレンマを回避し、コスト削減の成果を最大限享受する方法はないのでしょうか。
答えは明快です。「ソフトウェアを提供する」のではなく、「改善できる事業会社を買収してコストを削減し、その成果を総どりする」という選択肢です。
こうすれば、改善した収益性の100%を享受できます。この担い手となるのがテック武装したPEファンドになると思います。中小企業が多くDXが進んでいない業界を狙い、買収してはバックオフィスを自動化し、収益性を改善していくでしょう。
すると、効率化する余地がある潜在顧客に対して、ソフトウェア企業がソフトウェアを提供するか、自社ツールを持ったPEファンドが丸ごと買収するかという二択が生まれることになります。
SaaS企業にとってみれば、潜在顧客がPEファンドに買収されてしまえば、その企業は永遠に顧客にはなりません。もはやSaaS企業は同業他社との競争だけでなく、潜在顧客がPEファンドに「獲られないよう」競っていく未来が待っているのかもしれないと考えています。
ここまで悲観的な未来ばかりを描いてきましたが、すべてのSaaSが消滅するわけではないです。むしろ、生成AI時代に生き残るソフトウェアビジネスの条件がようやく見えてきたとも言えます。次回は生成AI時代のソフトウェアビジネスでの新しい戦い方を模索していきたいと思います。
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