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今、ここのしあわせ。

すごいことに気づいた。


いつも通っているはずの、保育園までの送迎の道。

いつも見ているはずの風景。


けれど、見たことのないものが目に入ってきた。

あれ、こんな家あったっけ。


見ているようで、見えていなかった、のだ。


ごく一部しか見えていない。

その一部すら、しっかりと見えていない。

なぜなら、頭の中が「未来」の考えごとで埋め尽くされているから、「今」見えているものも、見えているだけで、「見ていない」


見ようとして見なければ、何も心の中には入ってこない。

その瞬間、世界が変わった。


見える景色が変わった。


木々の緑の美しさが目に飛び込んでくる。
鮮やかなピンクの梅、あわいピンクの早咲きの桜。
春の訪れを教えてくれる。


見ようとするものは、自分で選べる。

それは、どんな心でありたいかも、自分で選べるということだ。

そして、選ぶ自分でいるためには、「過去」にも「未来」にも自分は存在せずに、「今」ここに存在していること。

今、ここにあるしあわせは、
今、ここにいる自分しか、
味わうことができない。


どんな自分でいたいか、
どんな心でありたいか、
どんなものを見たいか、
何を感じたいか。


そのすべてが自分に選択権が握られている。

今日、あなたは何を見たい?


1分で読める短いnoteでした。
今日も心にやさしい一日を🍀

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