何も変わらない、どん底の中で信じ続けた、たったひとつのこと。
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この記事が、あなたのこころの奥に宿る
小さな光の道しるべとなりますように
そんな願いを込めて、今日もこころを込めて記事を書いていこうと思います。

「なぜ、変わることができたの?」
ある日、夫にそう聞かれました。
つらすぎた私の過去の話を聞いて、夫の口からふとこぼれた言葉。
「そんなにもつらかったのに、どうして変われたの?」
「どうして、気づけたの?」
「どうやって、そこから抜け出せたの?」
たしかに、不思議に思うのも当然かもしれません。
自分が嫌いで、何も信じられなくて、孤独で、毎日絶望を感じていて…。そんな状況から、今の私の姿を見たらまるで違っているのだから。
私の答えは明白でした。
「あきらめなかったから」
これ以上も、これ以下もない。
…と、この記事は、もうここで終わってしまいそうですが。
この「あきらめない」ことは、思っているより、ずっと奥が深くて、ひとことで言い尽くせないものなのかもしれないと、思い始めました。
何をあきらめなかったのか。
なぜ、あきらめないでいられたのか。
あきらめずにいたことで、何を見つけられたのか。
そういったことを、私は誰にも教わりませんでした。おそらく、きっと誰も教えてくれないでしょう。
「あきらめない」
それは、ただの根性論ではなく、自分を生きるための鍵なのかもしれない。
この記事では、私自身の経験をたどりながら、「あきらめない」という言葉の奥にあるものを、ゆっくり紐解いてみたいと思います。
1| 何を、あきらめなかったのか
毎日のように、孤独感、無力感、虚しさのようなものを感じて過ごしていた日々。それが当たり前になって、自分の日常になっていきました。
そうした変わり映えのない日常の中で、最も厄介だったのは、突如として、深い闇の中にこころが沈み込んでしまうこと。布団に潜り、何もしたくない。心を閉ざしたい。そういう時に決まって、頭に浮かぶのは強烈な自己否定の言葉の数々でした。
自分は不必要な人間。
生きる価値のない人間。
これが始まると、もうどうしようもできなくなりました。ぐるぐると、自分を責め続ける声が鳴り止まず、生きる希望が一切消えていってしまうのです。ただ、自己否定の嵐が過ぎ去るのを、小さくなって、耐え忍ぶことしかできませんでした。
「あぁ、またか」
「いつになったら抜け出せるのだろう」
でも、嵐のあとには、また信じました。
「いつか、この絶望の日々から抜け出せる日がくる」
「扉をたたき続けたら、いつか開くときがくる」
そう信じること自体が生きる「希望」となり、そう祈ることで、自分を立て直していました。
2| なぜ、あきらめないでいられたか。
なぜ、あきらめないでいられたのだろう…
当時は必死すぎて、そんなことを考えたこともありませんでした。今、あらためて振り返ってみると、浮かび上がってくるものがあります。
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【HSP×AC】夜明け前の、回帰譚
「夜明け前がいちばん暗い」 この絶望の日々がいつまで続くのだろう… と何度思ったことでしょう。 HSPとして感受性の強さに振り回され、…
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