見出し画像

子どもの目に映る、無限に広がるキャンバス

子どもには、無限に広がるキャンバスに見えているのかもしれない。

ひとりで冷静になって、思ったこと。


布団のシーツに、それはそれはダイナミックに。「これが落書きです」という見本を示すかのように、色えんぴつで綺麗に彩られていた。

見事にやられてしまった。

それは、1歳になったばかりの、次男の仕業だ。


叱ることはないけれど、こころの中では、
「あ~、朝から、やることがまた増えた。やめてくれ~」
と思う。

きっと、顔はしかめっ面になっていることだろう。


こんな時、
「わっはっは」
と笑い飛ばせるくらい、大らかに受け止められたらなぁ。





「よつばと!」という大好きな漫画がある。

5歳の「よつばちゃん」は、奇想天外のことをしでかす天才。それを、周りの大人たちは、怒るのではなく、受け止めることを選ぶ。

よつばちゃんの、子どもながらの感性。やわらかで繊細で大胆な個性。それは、周りの大人たちが消そうとしなかったからこそ、伸びやかに育ってきたのだと感じるものでもある。

ある巻で、よつばちゃんが玄関に置いてあるペンキを見つけて、目を輝かせながら、ペンキに筆をつける。そして、木でできた机に色をつけようと筆をスーッと走らせる。皆さんも想像通り、そこいらじゅう、ペンキだらけ。

机はきれいに塗れた。満足げなよつばちゃん。
顔についたペンキを取ろうとしたとき、はじめて、このペンキが「取れない」と気づく。そして、「とーちゃーん」と。これは、もしかしたら、まずいことをしでかしてしまったのではないかということにも、気づく。

とーちゃんは、ペンキだらけの部屋を見て、ぐぬぬと顔を歪ませるけれど、途中で笑い出す。

「わっはっは」と。





読んでいると、涙が出そうになるのだ。

親としての愛情。
子どものあるがままを包み込もうとする眼差し。

それがどこまでもあたたかくて、やさしくて。

私にはできない。
まず、苛立ちにのまれてしまう。


けれど、冒頭に書いたこと。

子どもには、無限に広がるキャンバスに見えているのかもしれない。

布団のシーツ。白くて、どこまでも広がるキャンバス。小さな子どもには、そんなふうにも映っているのかもしれない。

そう考えると、かわいいなぁ。子どもの世界って不思議で、無限の可能性が広がっているなぁとも思うのだ。

次男が色えんぴつをはじめて持ったときの、目の輝きを思い出す。

いつも長男だけしか持てなかった色えんぴつを、はじめて自分も持たせてもらえた!

白い紙に、色えんぴつのカラフルな色が伸びていく。ますます目がきらきらと輝き始める。色がついた。魔法のよう。

これは何だ?

すごい!

子どもの心には、どんな世界が広がっているのだろう。

親は、
「やめなさい」「危ない」
と止める役割ばかりを担ってしまうけれど…

子どもの無限に広がる世界を、ただ見守ることも、大事なんじゃないかなと思う。


まだまだ、わっはっはと、笑い飛ばせるほど、寛大にも、穏やかにもなれない私だけれど。

いつか、
「わっはっは」
って、笑ってみたいなぁ。

子どもの眼差しに広がる世界をいっしょになって、見てみたい。今だけの特別な煌めきに満ちた世界を。


マシュマロを始めてみました。まだ使い方がイマイチわかっていませんが。

子育ての悩みや、お困りごとなどございませんか?

いっしょに考えたいなと思って登録してみました。ひとりで抱え込んでおられる方が、気軽に吐き出せる場所になったらうれしいです。

今日もお疲れさまでした。

ゆっくりおやすみください♩

いいなと思ったら応援しよう!

やまだ めぐみ あなたの支援を、フリーランス活動の励みとさせていただきます。よりよいサービスづくりに反映させていただきますね🌿