湯気の中のアーメン
私は、クリスチャンである。そして、毎日風呂で祈る。
信仰として正しい形なのかは分からない。もっと静かな部屋で、もっと姿勢を正して祈るべきなのかもしれない。
しかし一日の終わり、服を脱ぎ、眼鏡を外し、湯気の中に座った時、ようやく私は少しだけ静かになる。
塾講師でもなく、父でもなく、夫でもなく、noteを書く人でもない。
ただ湯船に浸かっている、三十五歳のプロテスタントである。
立派な祈りはできない。言葉も整っていない。
それでも、神様への感謝の気持ちはあまりに自然に、するすると出てくるのだ。
愛する妻と娘を与えられたこと。
塾という素晴らしい舞台を与えられたこと。
生徒たちに囲まれ、穏やかな気持ちで日々を過ごしていること。
クリスチャンになると決めたのは、2021年8月15日。
あの日以来、私の人生は一変した。
やはり私は、神様の御手の中で生かされている。
そう確信した。
今日も私は祈る。湯気の中で、目を閉じる。
