【小噺の1】隙間女


朝起きたら、卓袱台の上に並べておいた数枚のお皿やお椀が床に。
ひっくり返っているそれらを尻目に、いそいそとネクタイを締める。
少しばかり暖かくなったとは言え、朝晩はまだ肌寒い。
この時期、羽織るジャケットの質でしか身を保てない私。
そう、仰ぐ事を忘れたしがないリーマンである。

5:55。私はいつも6時には家を出て、7:15には出社する。
部下からすれば、早朝より一々気を遣う嫌な上司の鑑なのだろう。

さて、靴下も履いたことだ。私は玄関へと向かった。

下駄箱は一人暮らしとは思えぬ程大きく、且つ、埃る事無く几帳面だ。
うむ、今日も“シャン”と、な。
そう自分に言い聞かせては果たせぬ約束を重ねる日々。
少々お疲れ様な毎日だが、それはそれ。
上に立つ事とは、部下にとって魅力のある地位でなければならない。
そうでなければ、誰が鐘がなるものか・・・。

よし、今日は早朝会議だ。私は卸したての革靴に靴篦を差し込んだ。
紐の調整、そして見栄えに最新の注意を払い、行ってきますと前を向く。
・・・が、私は再び横を向くことになる。
何故ならそこに──そう、下駄箱と下駄箱の隙間に何か“居る”のだ。

よく見ると、その“何か”は、冷淡でスラリと、そして女のような愛くるしさを漂わせていた。
そんな奴がその隙間に佇んでいる。異常だ。しかし・・・
ふむ、今からそいつを“隙間女”と名付けよう。

私は隙間女に手を差し伸べてみた。
しかし、女はじっと私を見つめたまま動こうとはしない。
はてさて、どうしたものか。
私は数秒考えた後、ふと、携帯の時計に目をやった。「6:05」

むう、いかん。
そうである。こんな事をしている場合ではないのだ。
私はそそくさと玄関の扉を開け、表へ出た。

春…は、まだ過ぎぬのか、初夏の面持ちを露わにした青空に寒風が突く。
そして目の前の歩道には、同じく出勤すべく近隣の住民の姿も。

       「あなた、傘は?」

…む、なんだ?今日は崩れるのか?
ありがとう、名も知れぬ隣家の若妻よ。
危ない危ない。こう言うときは右にならって難を得ず。
早速、私は傘を持っていくべく、閉めたばかりの扉を開けた。

そこには半分ほど身体を抜き出していた隙間女とばったり。

ばつの悪そうな顔をする女。
目が合った私。

      「あ、行ってきますね?」

そう言うと隙間女は、うらめしそうに「 にゃぁ 」と、鳴いた。


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