見出し画像

二匹の亀がつなぐ、遥かなる物語

「鶴は千年、亀は万年」と言われるように、亀は古くから長い時間を生きる長寿の象徴として、人々に親しまれてきた。

盛岡市の櫻山神社には、「長寿院亀之助」と呼ばれる亀の像がある。背中をたわしでなでると、長寿にあやかれるとされるものだ。

『ひとこすり三年、ふたこすり六年、みこすり十年延命』とある。

折角だからと欲張って『ごすり』ぐらいしたら、「もっともっと、こすらなくちゃ」と近くにいた年配の男性にうながされた。彼は毎日のように『じゅっこすり』しているという。

この亀さん、これまでどれだけこすられてきたのだろう?

実はこの盛岡の地では、気の遠くなるような昔にも、人々は土で亀を模っていた。 市内の縄文時代の遺跡から出土した、小さな亀形土製品だ。

何のために作られたのかは、分かっていない。丸みを帯びた愛らしい姿だが、なぜだかその目は、あの遮光器土偶のように大きな眼鏡をかけたような形をしている。

その目は、目の前のものを見つめているというより、もっと別の、目に見えない遠い世界を視ているようにも思える。

亀形土製品(盛岡市 川目遺跡出土)/岩手県立博物館 蔵

縄文の亀と、櫻山神社の亀之助。
二匹を結ぶ歴史的なつながりは、おそらくない。
それでも同じ盛岡で、人は時代を超えて亀を形にし、その姿に祈りを託してきた。

縄文の亀がじっと視る先と、私たちが亀之助の背をなでながら想う先……どこか深いところでつながってはいないだろうか。

もうすぐ、お盆がやってくる。

還ってくるご先祖さまや、かつて共に過ごした懐かしい人たち。 長く生きられた人にも、そうでなかった人にも、命の長さを超えたあちら側の世界で、穏やかな時間が流れていてほしい。

万年の時を生きるとされる亀たちは、今も静かに時の行く手へ眼差しを注いでいる。私たちの切ない祈りが、時空を超えて、あの人たちへちゃんと届くようにと、見守ってくれているかのように。


©2026のんてり
<写真&文章は著作権によって守られています>

最後までお読みくださり有難うございました☆彡

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集