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九相のかたらい

九相……くそう
彼岸・此岸……ひがん・しがん

男:大工
女:カワラモノ
※設定はすべて架空のものです。

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男:トンテンカン・トンテンカン。
女:はい・トーゥ!はい・トーゥ
男:川を挟んだ筒井筒。
女:夫婦になろうとちぎり合った、わけもなく。
男:なんだいこの、梅干し女!
女:ばぁか!この切り干し大根!
男:と、言い合って育った。
女:川向こうの男。
男:川向こうの女。
女:どっちつかずで、河原で死んだ。

女:はい・とーう。はい・とーう。
男:おーい、おーい。
女:アッ、また来やがったな、こンの糞トンビ。
男:なあ、そっちもそろそろ飯にしたらどうだい。おてんとうさまが真上だぜ
女:要らねぇやい
男:……なぁんだい。腹がすくだろうに
女:はい・とーう。はい・とーう。
男:仕事熱心だねぃ
女:はい・とーう。はい・とーう。
男:俺だけで食っちまうよぉー
女:まだいやがるなぁ?あっちへ行きゃがれと言うに。
男:なぁ、お前はさぁ、ろくろく飯も食わねぇで日のあるうちはよく仕事をしてよぉ、髪も長く黒くてさぁ。
女:ええ?なんだゴチャゴチャ
男:お前のような女が、え?
女:おおい!おやっさん、こリはもっと内を洗えって昨日からそういうんじゃねぇか!ンノロがよぉ、外ばっかり洗いやがって、チッ
男:えへへ。
女:ええい、気色の悪い!あっちへいけ糞トンビ!
男:飯ぃ食ってんだよ。
女:あっちで食いな。見せびらかしやがって、そんなにおれが憎らしいか。
男:……なんだか、お前はいい女だなぁ。
女:ああ?
男:あ?なんだよ。
女:なんか言いやがったか
男:うめぇなぁ、この握り飯はよぉ。そう言ったんだよ。
女:フン。いいねぇ、川向こうはのんきで……
男:おっ、牛ジィじゃねぇか。まだ元気にやってんのかい。いくつだ、え?
女:ちっ知らねぇや。仕事もできねぇ年寄りぁ、とっとと死にゃいいんだ。
男:そう言うなや、いっしょけんめい桶を洗ってんじゃねぇかお前。牛ジィー、よぉー。元気かい、ええ?
女:おやっさん、フラフラそっちへ行くんじゃねぇや
男:いいじゃないか、いいじゃないか。おう、そんなに口があいてちゃ涎くっちまうぞっ。はは。
女:ばっかだなぁ。
男:うん?
女:なんでもねぇ

女:男は、川向こう。トンテンカン・トンテンカン。
男:女は、川向こう、かわっぺり、はい・とう、はい・とう。
女:彼岸は、此岸。常の人の、ありふれて。
男:彼岸は、彼岸。人ならずの、すむところ。と、人は言う。
女:いつでもかわべりは、死のにおいがする。
男:死のにおいのするところで、皮の衣を着て、俺と同じ年だろうか、お前は、いい女だなぁ。
女:馬鹿な、男だなぁ。

女:ぁいてっ!……なにしやがんだ……
女:(向こう岸を見るが誰もいない)いてぇなチキショウ。うー。
男:おう!握り飯くぅかー
女:てめぇか!
男:あ?
女:石投げたのはおまえかぁ!
男:ちげぇよぉ!
女:だぁー!あっち行け!
男:ちょっ、なんだ、怒ってやがるな
女:おこってねぇよ
男:ああ、そうかいそうかい……おい、どうした、そのデコは
女:いつものこった。あ、いって……
男:え、血が出てるじゃないかっ!なんだ、石でも投げられたのか……わっるいやつがいるもんだなぁ
女:はぁー、朝っぱらから(額を摩って溜息をつく)
男:ま、ま、だいじょうぶだ、その程度ならな、唾つけときゃあいいからな
女:ああ!?うるせぇな。ツバなんかつけなくても治らあ
男:そんなお前、怒るこたぁないじゃないか。
女:おこってねぇ
男:……怒った方がいいんじゃねぇか
女:ええ?何言ってんだてめぇは
男:河原の石でも、それこそお前、したてのクソでも投げ返してやれぁいい
女:そんなことはしねぇよ
男:やられっぱなしでいいのかいお前は
女:ばか!……お前は大工の大将に殴られて殴り返すかぃ。殴り返さねぇだろう。
男:そらお前、おれは下っ端だもの
女:ほれ。
男:ほれ、じゃねぇよ
女:おれたちはカワラモンだもの、なんにも、しねぇよ
男:ぬぅぅ
女:帰れ、もう。おれには仕事がある。はーい、とぅ、はい、とーぅ!はい、とーぅ
男:ぬうう。おれは、俺はいいんだよ。おまえは女じゃねぇか。女じゃねぇか
女:おんなだからなんだ!
男:かわいい、女じゃねぇか。いけねぇよそんなことは。
女:かえれっ!!
男:っ……すまなかったよ。すまねぇな。……デコ大事にしろよ、な
男:(背を向けて歩み去りながら)おれの、かわいいおんなじゃねぇか。大事にしとくれよ。
女:(深く溜息をついて、腰をのばし仕事をはじめる)はーぃ、とぅ、はい、とーぅ。
女:お前はいい男だなぁ、ほれぼれするほどいい男だなぁ、
女:おまえのような男に、かわいがられる女はしあわせだ。
女:おれのようなものは、おんなでも、おとこでもない。
女:ここに川がある。おれたちの間に。

男:そこに川がある。だからなんだというんだ
男:投げれば向こうへ石が届くような、川。
男:渡ってやろうじゃないか、迎えに行ってやろうじゃないか、かわいいおれの女。
男:なぁ、今日なんか水が引いて、そっちへ行けそうだな
女:死んでもわたるな
男:おい。死んだら三途の川でも渡れるんだぜ、このどぶ川くらい
女:来てみろ。死んでやる
男:なぁんでそうなるんだよぉ
女:お前なんか来たってしかたない
男:おれは大工だからよ、丈夫な小屋をたててやるよ、いい桶なんか作ってやるし、
女:悪かったな、貧相な小屋に悪い桶で
男:そっちにはろくな働き手がないじゃないか。お前ばっかりそんなに働いて、
女:働けなくなったら、おっ死ぬ。ジィバァから順番に、おっちんで誰もいなくなる
男:おまえのようないい女が……
女:何が悪い!おれたちの生き場で、おれたちのやりかたで生きて死んで何が悪い!
男:お前が、いつも死に片足をかけているのが、憎らしくてたまらない。
女:「いつ死んでもいいんだ!いつ死んでも!!」
男:そんなことを言われて、俺はどうしたらいい。俺はどうしたらいいんだよ。
男:俺はお前のために苦しみたい。これをどういえばいい。どんな言葉でやり方で……
男:ここに川がある。蔑みのどぶ川が。
男:そこに雨が降る。

女:雨が降った。いつもは、バシャバシャと降る。其の日は、「ワンワン」と妙に降った。
女:はーい、トゥ!はーーーい!とうぅ!
女:ああ?相槌の掛け声が聞こえん。手があわぬ……今日のおれはどうしちまった
男:おーい、おーい。
女:しっかりしろぃ。牛ジィより。あのおやっさんより仕事ができなくなってしまったら、もうおれの生きるところは……
男:おーい?おーいったら!あのな、俺はなー、……やいっ!きいてんのかぁい
女:!?……お前、いたのか
男:なんだバカみたいな顔して……
女:なんだ、パクパクしやがって?
男:あ……なんだぁ
女:なんだって?
男:お、お前耳が……耳がきかなくなったのか!
女:なんだい、気色の悪い顔だなぁ!
男:うわっでけえ声だなっ
女:またこの間のような話をしにきたか!
男:ちがうったら!
女:お前はそっち側だ!おれとはちげぇんだ!おれにはここしかねぇんだよぉお!
男:わ、わかったわかった落ち着けよ……悪かった、この間は俺が口下手なばっかりに
女:そんなにおれが憎いか!にくいか。にくいか!にくいならば言え!みんな言えー!
男:ばかっ!いつ俺がそんなこと言ったー!憎かあねぇよー!
女:ええ?
男:このドあほ!俺は!お前を!愛しているんだー!
女:あ!?
男:あ・い・し・て・る・ん・だー!何度言わすこんなことをー!
女:……聞こえん
男:けっ。
男:(息を吸い)おいー!俺はぁな!橋を架けるぞぉーー!
女:ああー?
男:は・し!橋!架ける!こっちから、そっちへ!(手振りで橋をかけてみせ)こうだ!こう!
女:アシぃ?……ダシィ?
男:はぁ。もういいや。待ってろ。
女:なんだ、あいつは……

男:トンテンカン!トンテンカン!
女:大工道具をふりあげ、ふりおろし、打ち付け、穿ち、
男:俺は決めた。橋を架ける。
女:川の向こうからトンテンカントンテンカン。
男:俺はいく。迎えに行く。
女:何をやろうと言うのか。川の上で大工をして、何をしようと
男:わかったんだ、こっちとそっち、そっちとこっち。俺たちは違うものだな、お前にはそこしかないんだな。そこに俺の生きる余裕はないんだな。
男:だから橋をかける。川の上で、そっちでもこっちでもない所で逢おう、俺の橋の上で。
女:こっちへ来ようと言うのか。あんなに言ったのに。こんなおれに逢いに。
女:済まねぇな。すまねぇな……
女:おれはもう碌々仕事もできぬ。お前の迎えを待つ人でなし
男:ああ、お前は仕事をもうしないのか、耳が、耳が……
女:ひたむきに仕事をするお前は、いっそうに良い男だ。
男:おいっ!なにしてやがる!あっち行きやがれ!
女:そいつの邪魔をするんじゃねぇ、あっちへ行けっ!
男:かばってくれるのかい、俺を。嬉しいなぁ
女:はやくこい、はやくこい!
男:待ってろ!待ってろよ!
女:はやく……
男:あっ、なんだ!?なんだこの人だかりは……川辺にあんなに……
男:ちょ、どいてくんな、どいてくんなせぇな、ちょっとすまねぇな、どいてくんな!
男:あっ……!橋が……俺の橋……俺の橋はどうしちまったんだよ、すっかり無ぇ……俺の、どこいっちまった……橋、橋は……
女:おれは見た。
女:よる夜中、火をかけるのを、おれは見た。こどもだった。
女:こどもだった、……許せるような許せぬような。
女:そんなににくいか……許せないか……おれたちが……
男:だれが……だれが俺たちを許さねぇんだ……(まわりの群衆に)何の、しがらみがあるんだ、ここに!ええ!?
女:川がある。おれたちの間に。
男:見ろ!おなじ人間じゃねぇか。しごとをして、生きて、同じじゃねぇか!
女:カワラモンは憎まれ者、汚れもの。汚れ仕事の人でなし。
男:くそぉっ!……おれは……おれはやるぞ。もう一度
女:おい。もう、やめちまぇやい。
男:いいや、必ず橋をかける。
女:これじゃ、おまえが……
男:トンテンカン、トンテンカントンテンカン(血色が失せている)
女:桶を洗う。血を洗う。おれにできるのはいまはこれだけ。なぁ、牛ジィは死んだよ。つぎはおれだ。
男:いまにできる。いまに……ちぇ、冬になるまえになんとか……。やっつけ仕事だなぁ……大工道具が泣いてらぁ
女:おれの手、おまえの手、いまともに仕事をしている。これだけでいいよ。
男:待っていろ、いまいくぞ。いま……トンテンカントンテンカン、トンテンカントンテンカン……
女:やはり川がある。俺たちの間に。
男:橋を架ける。俺たちの間に。
女:なぁ、おまえ。おまえはいい男だなぁ。
男:かわいいおれの女。おれは、おまえを……うっ(力尽き、河原に転落する)
女:あアッ!……おい、おい、おい……おまえ……
女:ばかだなぁあ……
女:(河原にへたりこみ、男に語る)なぁ、おまえはあわれなやつだ。
女:そちらで立派にいきていたのに。おれのような女のために、どっちつかずで死にやがって。おまえはあわれな、あわれな男だ
女:おまえの体に鳥がたかる。シッ!シッ!あっちへいけっ!あっちへっ!
女:おまえのために何がしてやれる。経の一文字もしらぬ。花もない。卒塔婆にするような木切れもなく、
女:おまえの血は枯れはてて、おまえの肉は骨に焼きつき、待っとくれよ、待ってくれ。
女:おまえ、おまえ、ひとり骨になっちまって……
女:石をひとつ。これはお前。石をふたつ。これはおれ。ふふ、おまえ、なぁ、これで許しとくれ
女:来世はおなじ岸に……

男:川をはさんだ、筒井筒。
女:川向こうの男
男:川向こうの女
男:おーい!おーい。
女:(年老いている)おーい……おーい……
男:これは、橋というんだ。
女:は・し、橋……ははぁ、橋、そういったんだなぁお前は
男:天にも川がある。星の川が。そしてな、川を挟んで男と、女が仕事をしている。
女:そこに、橋は、あるのか……
男:ある!かささぎの、美しい橋が……
女:かささぎとは、なんだ。ああ、しかしおまえがいうならば、美しかろうなぁ
男:おーい、おーい。
女:ああ……橋だ……(息も絶え絶えの幻想の中へ)おれたちのあいだに……
男:みえるか、あれが
女:ああ、見える!見える!
男:渡ってこい!おれもいく!
女:いま、いまいく!いまいくよ……ああ、あいたかった……おまえ……

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