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シャンプーからあなた【掌編小説】

僕が死んでもしばらくは一緒だよ。⁣
そんな一言を残して逝ったあなた。⁣

日が暮れる頃にやっと帰路に就く。今日ですべてが終わったかと思うと、複雑な心境だった。⁣

宅配ボックスに、あなたの勤務先から荷物が届いていた。私は喪服を脱ぐよりも先に、その箱を開封した。⁣

中に入っていたのは、封筒と詰替用シャンプー、取扱説明書の3点。⁣
封筒の中身はメッセージカードだった。「これでしばらくは一緒だよ。寂しくないよね」の一行。カードは開くと、たくさんのハートが飛び出すという能天気な仕掛けになっていた。⁣

腹が立った。なんなのよ。寂しいに決まってるじゃない! 病気でした、みたいな終わり方をしたうえに、この謎めいたメッセージ、どういうことなのよ!⁣

興奮したせいか、軽いめまいに襲われる。落ち着け、私。そう、こういうときは、温かい飲み物だ。えっと、こ、紅茶。ケトルにお湯を沸かす。次に、ポットとカップを温め (お湯をこぼす) 、茶葉を蒸らし (茶葉もこぼす) 、タイマーをセットする (ゼロを押しすぎて何度もやり直す) 。⁣
震えるようなため息がもれた。わかっていたとはいえ、この事態に私は、思っていた以上に傷つき疲弊しているようだった。⁣

紅茶を喉に通すと、バニラの甘い香りと熱い液体によって、力が入っていた肩がストンと落ちる。ごちゃごちゃした頭の中も整理されてきた。そうか。これはもしかして、あなたの遺品。⁣

詰替用シャンプーを手に取り、印字された文字に目を走らせた。シャンプー〈〇〇の香り〉とある。あなたの名前が印字されている。やっぱりそうか。⁣

取扱説明書には、使用方法や注意事項などが記載されていた。遺言を遵守していただくために、お早目にご使用を開始ください、とある。他にも長々と書かれていたが、今は読む気になれなかった。⁣

あなたが買ってきたハート型のポンプボトルがあったはず。私はシャンプーの口栓を開け、ボトルにそれを注ぐ。けれど、全部は入らず3分の1ほどが残った。⁣

あなたの匂いだ。あなたが使っていたフレグランスやボディソープの香りがした。あなたから立ち上る、私の好きな香り。また涙が……、でも、さっきまでの涙とは違うような気がした。⁣

遺品は、たしか法律が改正され、一人につき一品しか残せない。その一品としてあなたが選んだのが、この詰替用シャンプーなの? これはサプライズ?⁣

その夜、シャンプーのポンプを何度も押したくなる衝動をこらえ、髪を洗った。バスルームはあなたの香りで満たされ、悲しいのに幸せも同時に感じる、という不思議な体験をする。乾かした後の髪にも残り香があり、私は安心して眠りにつくことができた。⁣

ところが数日後、一つの問題が浮上した。⁣
ロングヘアである私は、シャンプーの使用量が多いのだ。ということは……。すぐさま脳内会議が始まった。⁣
「どうしよう!」⁣
「薄めようよ」⁣
「そうしたら、あの人の香りも薄まってしまうでしょう」⁣
「じゃあ、一日置きに使う?」 ⁣
「朝晩使いたいくらいなのに?」⁣
「そうよね」⁣
「ショートヘアにするとか?」⁣
「なんか本末転倒な感じがする」⁣
「追加で注文できないか聞いてみる?」⁣
「遺品は一つと決まっているのよ」⁣
そんなこんなの脳内会議の結果、詰替パウチに残っている分だけを薄めて使う、という折衷案がまとまった。⁣

このシャンプーを使ってからの私は、あなたを失ったとは思えないほど穏やかな日々を過ごしていた。あなたが言っていたように、いつも一緒にいるような気がしていた。一方で、バスルームでの幸福感は、しだいに懐古へと変化していき、恋しいという感覚が薄れていく。⁣

私はこの不可解な心境の変化について、納得できる答えを求めて、しまい込んでいた取扱説明書を引っぱり出した。するとその中に、「薄めて使いますと、お相手様への愛情も薄まります。反面、それによって悲しみから解放される効果が期待できます 」という説明文を見つけた。⁣

あなたはこれに賭けたのね。私の行動を予測して、わざと入り切らないボトルを用意したりして。寂しくないよね、と言ったあなたの真意がやっとわかった。⁣

私はあなたを愛していた。その事実は忘れない。けれど悲しみについては、あなたの思惑どおりになった……。⁣

あなたはこれで良かったの?⁣

私は幸せだったよ。あなたのサプライズにドキドキしたり、私のわがままに優しく付き合ってくれたり、何よりもそそっかしい私を温かく見守ってくれた。世界一の恋人だった。⁣

一年間、ありがとう。⁣
でも、もうバイバイだね。⁣

私はシャンプーの取扱説明書の入っていた引き出しの奥に、あなたを紹介してくれたKoibito Android 社との契約書を見つけた。⁣

私の希望する恋人のタイプ:優しくてサプライズ好き⁣
Koibito Android レンタル期間:一年、または一年以内に他に好きな人ができた場合はその日まで⁣

さらに読み進めると、「更新」「可能」という文字が飛び込んできた。⁣

息が止まりそうになる。⁣
緊急の脳内会議が始まったのは言うまでもない。⁣

「どうしよう!」⁣


©️2022 ume15

最後まで読んでくださった方へ
ありがとうございます。
心の奥底から、感謝申し上げます。

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