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月のランドルト環【掌編小説/あとがき】

同じように見えるものも、実はまったく異なるものかもしれません。⁣

たとえば地球人であるあなたたちは、この宇宙の、別の惑星から見たならば、同じ生命体に見えるでしょう。しかし、本当は異なる個体の集合のはずです。⁣

このように視点を変えることで、今まで見えなかったものが見えるようになります。⁣

そのためにも、定期的に状態を確認していきましょう。
装置をセットしてください。⁣


 * * *⁣


最初は、内蔵されたオートレフラクトメータ。見えるのは一般的な気球ではなく、やっぱり月。⁣

次は、ノンコンタクトトノメータ。これは眼圧検査。装置から目に向かって風が出てくるので、瞬きをこらえるのが大変。⁣

それが終わったら、ランドルト環で視力検査と、放射線状の表で乱視検査。⁣

何種類かのレンズを試して、最後はレッドグリーンテスト。⁣
 ⁣

 * * *⁣


検査、お疲れさまでした。⁣
前回に比べ、近視と乱視が進んでいますね。それに合わせてコンタクトレンズの度数が変更になりました。⁣
また、視点移動速度がやや低下しているようですが、何かお悩み事でも……? これは悩みを抱えている方ほど顕著に現れる症状です。⁣

周りの人が同じに見えてしまう……なるほど。それは困った問題ですね。⁣
原因としては、第一に視力の低下が考えられますので、レンズの度数変更によって、ある程度は改善されるかと思います。⁣
また、ストレスによってもこのような症状を引き起こす場合がありますので、もし改善されないようでしたら、お気軽にご相談ください。⁣


 * * *⁣


これは、先程、総合眼科の定期検査を受けた時のやりとり。⁣

眼科は、月に設置されていて、地球から望遠双眼鏡のような装置を使って検査を受ける。⁣
検査結果の物理的なデータから派生する心理面での影響や、「見ること」全般についてアドバイスも受けられる、人気の総合眼科である。⁣

今回、ランドルト環の下半分は、大きさの違いは認識できたが、環の切れ目が同じ向きに見えたような気がした。⁣
それって、周りの人たちが同じ人物に見えてしまうことと、何か関係しているのだろうか?⁣

実は、数日前から、私の周りには私しかいない。⁣
複数の私に囲まれた、地球での日常。⁣
じわじわと、私を複製したような人が、増えてきている。⁣
このアパートの住人は、全員私だ。⁣
駅までの道のりで見かける人も、もう私しかいない。⁣
今朝は、電車のホームにも、まばらに私がいた。⁣

この状態が、処方されたコンタクトレンズで改善されるのだろうか?⁣

過去にもこんなことがあったような……と一瞬、何かが頭をよぎったが、起きがけに夢を忘れてしまうみたいに、もやっとした余韻だけを残して消えていった。⁣

今日は疲れたから考えるのは明日にしよう。⁣
まずは、新しいコンタクトレンズを試してからだ。⁣

ベッドに入ると、玄関からコトリ、と荷物が届いた音がした。⁣
その音に私は安堵して、少し明るすぎる月明かりを背に、目をつむった。⁣




©️2021 ume15

お読みくださりありがとうございます。

見出し画像のイラストは、noter 武川蔓緒さんによるものです。

拙作『月のランドルト環』をイメージして描いていただきました。

小説の表紙となるイラストを描いてもらうのは初めてのことなので、感慨深いものがあります。


さてさて、

わたくし絵画はもとより、簡単なイラストさえ描けない不器用者で、絵に関する知識はほとんどございません。

ですから、上手とか、下手とか、よくわかりません(蔓緒さんすみません)。
ただ、好きか嫌いか、それだけで判断しているのです。

武川蔓緒さんのイラストは、着眼点がユニークで、抽象がかった作風に惹かれました。配色も好き。

それが依頼の動機でした。

武川蔓緒さん、依頼を引き受けてくださりありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。

仕上がった作品を拝見して、拙作を深く理解して描いてくださったのだと感じました。
なぜなら、小説内の空気感や雰囲気、情緒さえも汲み取って描かれているからです。


そしてわたくし、

イラストを描いていただいたことで、「嬉しい」の一言では片づけられない、不思議な感情を体験したのです。

もちろん、嬉しい。
当然、喜びを感じた。
でも、単なる喜びという言葉では物足りないし、浮かれるような嬉しさとも違う。

もっと、ずしんと重たい、浸透していくような嬉しさだった。

なぜそう感じるのだろう?
なんだろう、これは?


「充足感」


最初はそう感じる理由がわかりませんでした。
初めてイラストを描いていただいたことで興奮しているのだろうと思っておりました。
しかし、蔓緒さんとやりとりをしているうちに、腑に落ちたのです。

” 自分の小説が(頭の中で描いたイメージどおりに)理解されている” と。

創作活動をするうえで、これほど嬉しいことはありません。
ああ、これが「充足感」に至った理由だ、とやっと気がついたのです。

人は互いに理解できない生き物。
だから、理解しようと話し合ったり、寄り添ったり、思いやったり、想像を膨らませたりして相手の立場や感情をトレースしようと試みる。

それが、事前に話し合ったわけでもないのに、拙い文章から書き手の意図をここまで汲み取るとは。
ご本人は落書き程度だとおっしゃっていますが、鋭い感性のなせる業だと思います。

素晴らしい体験をさせていただきました。
本当にありがとうございました。


さいごに、

前回の記事にも自作小説に関する「初めて体験」を 2つ書きましたが、今回は初イラスト。じゃあ、次は? と夢は膨らむ。
次は、どなたかに朗読していただくことでしょうか。
やはり、あの、あこがれの、いぬいゆうた氏(うわぁ、お名前を書くだけで緊張します。いぬいさん!わたくしもっと精進して、いつかお願いにあがります!)。

そのためにも、まずは面白いものを執筆しなさい、って話です。


無知ゆえ素直。
素直ゆえ迷子。
世界は広いのに方向音痴。
それは感覚だけで歩こうとするから。
でも、感覚は楽しい。

ほらほら、また話が変な方向へ。
今日は書けば書くほど、迷子になるみたいです。歩けば歩くほど迷子になるのと比例しているな。
これは、ume の中には変なやつが何匹も生息、共存しているからです。
すべて、やつらの仕業です、と今日のところは片付けておきたい。


それにしても、小説よりあとがきの方が長いのでは?
小説の印象や余韻(←あると仮定して)が台無しではないか。

それでは、また……。

(3点リーダで余韻を残すという苦肉の策を講じてみるが……)

最後までお読みくださり、ありがとうございました……(←しつこいぞ)。

またね!


わたくしの前回の記事(初めて体験)はこちら。

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