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暗中問答

ある声 「まず、正直に語ることを誓うか?」

僕 「誓わずとも、僕はどうしたって正直だ。僕の場合、嘘さえ、それは正直だ」

ある声 「なぜ?」

僕 「なぜって、赤いペンを持とうとも青いペンを持とうとも、どちらの色が本当らしいと思うにしても、いずれにせよ僕が書けばそれは『僕の字』じゃないか。色や濃淡は変わっても、字の変わることはない」

ある声 「それはお前の個性の問題だろう。今わたしの問うているのは、お前の字で、その上で赤なら赤で、青なら青で、これだと思う色を語ってもらわなければならないということだ」

僕 「僕はその色に頓着しない。赤で伝わればそれでいいし、青なら青でそれでいい。はやく君の聞きたいことを言いたまえ」

ある声 (しばらく沈黙)「まあよかろう。お前は今、罪人ではない。が、将来の罪を抱えておるな」

僕 「自殺することか? 私はそれを悪戯ほどにしか思っていない」

ある声 「罪はお前で決められることではない」

僕 「なら一層、死んで逃げるとしよう」

ある声 「お前の死ぬのは、お前の懶惰なためではないか?」

僕 「全く僕は怠惰だ。しかし逃げ遅れたから逃げるのだ。ただそのときに選択肢は『死』しか残っていなかった。生きるのが巧いというのは逃げるのが巧い人のことを指す。勉強も、あれは逃げ場を増やしているんだ。しかるに僕はそれを怠った」

ある声 「が、どこまでも自分を肯定すると見えるな」

僕 「それは今まで自分を否定してきたからだ」

ある声 「どのようにして?」

僕 「僕は多汗症のために社会が苦痛で、また手汗で勉強もできなかった。その度に自分で自分を拒んだ」

ある声 「しかし、それは確かに将来のお前を正当するものだろうな。ただ、世間はどう見るだろう」

僕 「世間と言って、それは甚だ狭いものだ。少なくともそれで自殺は止まらぬ」

ある声 「そう決め込むなら、お前はそれで本当に夏目金之助先生の読者か?」

僕 「漱石の随筆を読んでみろ。死に対する軽蔑どころか、憧憬の念を抱いている。それは、おそらくは自死でも変わらないだろう」

ある声 「ではなぜ彼は自ら死ななかった?」

僕 「必要がなかったからだろう。僕は時間も金もない。枯淡な生活からは程遠い」

ある声 「それで今は、芥川を決め込んでるわけだな?」

僕 「そんな安易なものでもない。仮にそうだとしても、さっきの赤青の話と同じだ。今のこの態度も、必ず僕だ」

ある声 「病気のためにアイデンティティには、随分と自信があるようだな」

僕 「人が自信を持って何かを訴えるときは、いつも病状だ。その他は黙っているのか、病状だけが黙っていられないのか、僕はついにそれを知らずにいるが」

ある声 「しかしお前の訴えは、虚しいままに終わるぞ」

僕 「僕は、ーーこれこそ正直に言うが、そのことをあまり後悔はしていない」

ある声 「お前は今、帰り道を歩いている。家のない家路を」

僕 「そうだ。けれど、だからこそ気楽なのだ」

ある声 「ふん。この世の風にもなれないで。もうよい。この辺で、さらば、だ」

僕 「その前に、最後に一つ聞いていいか? この絶えず僕に問いかける、ーー耳で聞こえるでもない、頭の中で聞こえるでもないーー声の正体は、お前は何者だ?」

ある声 「俺? 俺か? 俺はお前のついに言い得なかったルンペルシュティルツヒェンさ」


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