輪郭を持たずに生まれて
輪郭を持たずに私は生まれた。
生まれた時から、世界との境界線は無かった。
だから私は確固たるアイデンティティが無いことが悩みであった。
私と世界の境界線が無いということは、私がこうして悩んでいることも世界に知られているのだろうかと不安になる。
ただひたすらに世界に漂う私。
ただ世の中の流れに従って、ゆらゆらと揺れている。
なぜ世界は私に輪郭を与えてくれなかったのだろう?
そう思い、暫く生きていたが、ある時から、世界から”声”が聞こえてくるようになった。
「僕は何がしたいんだろう?」
「人間関係が難しいな。」
「宿題めんどくさいな。」
急激に色々な声がするようになった。
私はそういう声が聞こえてきたら、何かしら返すことにした。
「何がしたいかは、わからなくてもいいんじゃない?」
「人間関係難しいよね。みんな自分のことで精一杯だからね。」
「めんどくさいけど、やろうね。」
最初は、何かしら言葉を返して終わりになっていたが、次第に返事が返ってくるようになった。
そこから何年も何十年も、この”世界の声”と会話をしていた。
段々と会話のペースが落ちてきたなと思うこの頃、ついに私は聞いてみた。
「私はなぜ輪郭が無いの?」
それに対して世界はこう答えた。
「君は僕の心だからだよ。心に輪郭は必要ないだろう?」
私はその言葉を聞き、初めて私が心だということを知った。
心と知って、なんだかホッとした。
世界は「輪郭は無い」と言うけれど、”心”という言葉がそのまま私の存在を縁取る輪郭のように感じられた。
私にはそれだけで十分だった。
そうして暫くしてから、世界から声は聞こえなくなった。
そして私も段々と、意識が薄くなっていった。
最後に輪郭を認識できてよかった。
しかし再び私は輪郭を取り外し、この世界に溶け込むのだった。
