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回りながら、続く

茅の輪・複素数・天皇という絶対値

北青山の熊野神社で、茅の輪に出会った。チガヤを編んだ大きな輪。六月晦日の夏越の大祓(なごしのおおはらえ)である。半年でたまった罪や穢れを祓い清める、年に二度の禊のひとつ。その由来は『備後国風土記』の蘇民将来(そみんしょうらい)の話にさかのぼる。旅の神(スサノオ)をもてなした貧しい兄の子孫は、「茅の輪を腰につけよ」と教えられ、疫病から守られた—だから茅の輪は、災いをくぐり抜ける装置なのだ。

案内板にはこう書かれていた。左回り、右回り、もう一度左回り。地面に∞(8の字)を描きながら、中央の輪を何度もくぐる。私はこの形に、見覚えがあった。レムニスケート。メビウスの帯。中心を通過するたびに禊がれ、新しくなる、あの形だ。8の字の交点は、ちょうど原点—中今(なかいま)にあたる。夏越の大祓は、一年のちょうど折り返し(六月三十日は一年の百八十一日目)を横切る、年の中今の禊なのである。

虚と実、ふたつの軸
ここで、数の話を一本通しておきたい。
虚数の虚は、嘘ではない。実数の反対は負の数であって、虚数 iは実軸に直交して立ち上がる、もう一本の軸だ。事実だけの記録が一次元の直線なら、そこに虚の軸を一本立てた瞬間、世界は平面になり、回転し、渦を描く。私はものごとを、いつもこの二軸に分けて眺める。実軸は、検証できる事実。虚軸は、意味や祈りや、まだ確かめられない美しい仮説。そして複素数には絶対値 zがある。実部がどんな事実で、虚部がどんな飛躍であっても、原点からの距離はただ一つに定まる。誠とは、案外この絶対値のことかもしれない。

この物差しを当ててみたい題材が、ひとつある。天皇の歴史だ。

神話という虚軸
天皇の物語は、虚軸の奥から始まる。天照大神(あまてらすおおみかみ)、その孫の降臨、初代・神武天皇——伝承では紀元前六百六十年。これは事実(実軸)ではなく、神話(虚軸)である。歴史学が確かな実在を追えるのは、おおむね六世紀以降のことだ。三種の神器も、実物の検証ではなく、王権の意味を担う象徴として伝わってきた。

けれど、虚軸だから無価値だ、ということにはならない。むしろ逆だ。この国の王権は、その出発点をまるごと虚軸—意味と祈りの方向—に置いた。実在の証明ではなく、物語の力で立ち上がったのである。

回る玉座
おもしろいのは、ここからだ。天皇という存在は、長い歴史を通じて、実軸(政治の実権)と虚軸(象徴・権威・祈り)のあいだを、ぐるぐると回り続けてきた。

古代の律令国家では、天皇は実際に統治する者だった—実部も虚部も大きい。やがて藤原氏の摂関政治、院政を経て、実権は他者の手に移る。そして鎌倉から江戸まで、約七百年。武家が政治を握り、天皇は実権をほとんど失った。けれど消えはしなかった。実軸から退いたぶん、虚軸へ—権威を授ける者、祈る者として、純化していったのである。将軍ですら、その地位の正統性を天皇から受け取った。十四世紀には南北朝として二つに分かれた時期さえあったが、線そのものは途切れなかった。

明治維新(一八六八)は、この玉座を一気に実軸へ引き戻した。王政復古。大日本帝国憲法では主権者となり、現人神(あらひとがみ)という思想のもと、実部も虚部もきわめて大きい一点まで振れた。そして一九四五年の敗戦、翌年の人間宣言、四七年の新憲法。天皇は再び虚軸へ—政治的実権を持たない「象徴」へと戻り、いまの令和に至る。

 実権を失うと象徴へ、象徴に留まれば次の時代にまた実権へ。位相(角度)はぐるぐる変わるのに、原点からの距離 zはけっして零(ゼロ)にならない。途切れない。万世一系と語られてきたものの正体は、ひょっとすると、この絶対値の保存なのかもしれない。回ることで消えずに続く。負(嘘・否定)へ倒れるのではなく、九十度ずつ向きを変えながら、原点との縁だけは保ち続ける。(もちろんこれは一つの見立てであって、検証された法則ではない。事実は年号と制度、回転の解釈は私の虚軸だ。)

八十年の韻(いん)
近代に目を絞ると、もう一つの渦が見えてくる。明治維新(一八六八)から敗戦(一九四五)まで約七十七年。敗戦から二〇二五〜二六年まで約八十年。「およそ八十年で、この国は大きな節目を迎える」という読みがあり、維新・敗戦・現在が、渦の同じ角度に重なって並ぶように見える。これは時計仕掛けの法則ではなく、韻だ。きれいな周年は人がそこに意味を見いだしやすいだけ、という面もある。事実(年号)と、見立て(周期)は、混ぜないでおく。それでもなお、韻は韻として美しい。

渦が、しきいを横切る
ここで、二つの図が一枚に重なる。この韻を複素平面に置くと、歴史は原点(中今)から外へひろがっていく一本の対数らせん—渦になる。原点からの距離が、維新からの経過時間。回転の角度が、およそ八十年の周期。維新から現在までを“ほぼ二巻き”と見れば、一巻きはおよそ七十九〜八十年だ。

 対数らせんには、美しい性質がある。原点から引いた一本の決まった直線を、それは時間にして等間隔で横切っていく。では、その直線をどこに引くか。実部と虚部が釣り合う四十五度の対角線——「軸の間(あわい)」に引いてみる。すると渦は、その対角線を、維新(一八六八)、敗戦から象徴へ(一九四五〜四七)、そして二〇二六年と、ほぼ等間隔で横切る。八十年の韻と、転換点が対角線に並ぶことは、じつは同じ一つの幾何から生まれていたのだ。

つまり、こうも読める。この国の転換点とは、渦が四十五度のしきいを横切る瞬間—事実(実部)と意味(虚部)が、同じ重さになる一点だ、と。ふだん渦は、実軸寄り(物質と実権が勝つ時期)か、虚軸寄り(理想と物語が勝つ時期)のどちらかを巡っている。けれど節目だけ、しきいを横切り、見えるものと見えないものが拮抗する。そこで国は向きを選び直す。

そして二〇二六年のその一点では虚部がめずらしく満ちている。木星の獅子座入りが大祓と同じ六月三十日に重なり外惑星の節目が束になる。星の配置そのものは天文の事実、その意味は占星の見立て(虚)だが、ともあれ意味の側がふだんになく厚い。実部(暦と天文の事実)と虚部(束になった意味)が、ちょうど釣り合う。だから二〇二六年の夏越の祓えは、渦が軸の間を横切る、その一点に重なって見えるのである。(約八十年の周期も対角線に「転換」という意味を与える読みも私の虚軸。年号と天体の位置だけが動かせない実軸)

二〇二六年六月三十日
この日の意味は出来事ではなく構造にあると思う。一年の折り返しを横切る禊であること。そして、維新からの八十年の韻がちょうど渦の中心を通過するように見える一点であること。8の字が原点を抜けるあの瞬間に重なるのだ。茅の輪をくぐる足どりが描く∞の交点と天皇という絶対値が回り続ける原点と、一年の中今とそれらが同じ一点で出会う。偶然にしてもよくできた符合だと思う。

一人一人が、皇(スメラ)
ここから先は、事実(実)ではなく予感(虚)として書く。これまで原点とのつながり—中今に祈り、見えないものへ向き合う役目—は、天皇という一点に託されてきた。一つの大きな円が、全体のぶんだけ回っていたと言ってもいい。けれど二〇二六年の星々の意味を占星の見立てとして重ねるならそこにひとつの転回が読み取れる。冥王星の破壊と再生は、権威を一点に集める“形”そのものを分解する。海王星は信じられてきた幻想を溶かし、土星は当たり前とされてきた常識の枠を外す。天王星はそれを突然の気づきとして各所に散らす。そして木星が獅子座へ入る六月三十日からその種はひとりひとりの自己表現と幸福の拡大として芽を吹きはじめる—という読みだ。

崩れるのは建物ではない。一点に集めるという“やり方”のほうだ。そして再生するのは同じはたらきが一人一人の内へ分かち持たれる、というかたち。八百万の神—すべてのものに神が宿るというもともとこの国が持っていた感覚が人にも及ぶ。一人一人が皇(スメラ)。各人が、自分の原点(中今)を持ち、自分の絶対値を生き、自分の渦を回す。一つの大きな円は無数の小さな円へ。中今が分散する。

複素数で言えばこれは平面そのものが増えることだ。これまではひとつの複素平面の上で、一点(天皇)が回っていた。これからは、一人一人が自分の複素平面を持ち、それぞれの原点でそれぞれの実部(暮らし)と虚部(祈り・理想)を掛け合わせて回りはじめる。中央集権の一枚から、自律分散の無数へ。日本がそこで世界に先んじうるとすればそれは技術ではなく八百万という古い下地をすでに持っているからかもしれない。ただし星はそれを「起こして」はくれない。対角線の上の点が放っておいては実軸へ移らなかったように、自律分散もまた予言された運命ではなく横切る者への招きにすぎない。一人一人が皇になるとは誰かに王冠を授けられることではなく自分で自分の原点に立つと決めること。虚(理想)を自分の手で実(日々の行い)へ射影すること。夏越しの祓えが見えない穢れを「くぐる」という身体の動きに変えて落とすように意味を行いに変える人がいてはじめて新しい弧がひらく。

回ることは、続くこと
位相は時代ごとに変わってよい。喜びと悲しみが8の字の両翼であるように実権と象徴も原点を挟んだ一続きの面の半周ずれた姿にすぎない。問われるのはいつも原点からどれだけ離れて、なお原点とつながっているか—その絶対値だけだ。そしてこれからは、その問いが、国にではなく、一人一人の手に渡される。

誠とは、その距離。愛とは、無関心(原点)から離れて、なお関わり続けること。そして中今とはすべての回転がそこから出て、そこへ還っていく、静かな軸のこと—いまや私たちの内にもめぐっているその軸のことなのだろう。

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