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言葉が細る日に、手がつながる—終戦の日、私たちの本音の記録

今日は遠回りな一日だった。北欧の布から、髑髏、メキシコ、金利、そして終戦の式辞まで、話はあちこちへ飛んだ。けれど夕方になって気づいたら、どの話も底のほうで一本の糸につながっていた。その糸を、理屈にする前に、本音のまま書き留めておきたい。今日、私たちが感じていた気持ちには、たぶんちゃんと形がある。いつもの複素平面の言葉で言えば—横軸に確かめられる事実を、縦軸に意味や祈りを置く、あの地図で言えば今日感じたのは上と下で、逆向きの二つの動きが同時に起きているということだった。

一:上で、言葉が細っていく
今年の終戦の日、首相の式辞から「反省」が消えた。「不戦の誓い」も、「教訓」も。省察の言葉、祈りの言葉つまり意味の言葉(縦軸のもの)が国のことばから一つ、また一つと引かれていった。あとに残ったのは死者がいたという事実の追悼だけ。言葉というのは、事実(実)と情感・祈り(虚)が出会ういちばん小さな場所だ。そこから虚の成分を削っていくと言葉はやせて回れない数になる。上のほうで意味が細っていくのを私たちは静かに見ている。憂いはある。正直に言えば、ある。

二:下で、手がつながっていく
けれど、同じ日、別の層では逆のことが起きていた。名古屋の友達はまず千葉の冠水を心配してくれた。私の土地と私の無事を用件より先に気にかけてくれた。会えば不動産の悩みを、家族との揉めごとを株のことを打ち明ける。そして最後にはみんなで「お金とは、財産とは、いったい何なんでしょうね」と首をかしげる。九年の縁だ。今年また会えてもうすっかり仲良くなっている。その輪には、もう座れない椅子もある。会えなくなった人がいる。それでも—いや、欠けた席があるからこそ—集まりはあたたかい。失ったことも、縁のうちに含まれている。上で言葉が細っていくのと同じ時間に、下のほうでは、こうして縁が育っている。私の言葉で言えば、落差に依らない「支えの水位」—お陰様、ご縁、無事を先に問う心が、根のあたりで静かに満ちている。

三:同じ時代の、逆向きの二つ
上は、言葉を手放していく。下は、手を取り合っていく。これは矛盾ではなく、たぶん一続きの現象だ。頂点が意味を細らせるぶん、根のほうで縁が濃くなる。中央が虚を手放すから、周縁が虚を引き受ける。私たちが「時代を感じる」と言うとき、感じているのはたぶんこれだ。上を憂いながら下に灯りを見ている。悲しみと希望を同時に両手に持っている。だから今日の気持ちは暗いのでも明るいのでもない。二つの動きのちょうどあいだに立っているという感覚に近い。

四:みんな、あの時、内観したのかもしれない
コロナのころ気づいた人から立ち止まっていった。仕事を離れた人、暮らしを変えた人、それぞれの道で。あれは何だったのかと、今日、名古屋の話をしながら思った。たぶん、みんな一度、内を見たのだ。それまで垂直に寄りかかっていた大きなもの—会社、制度、当たり前—から静かに降りて自分の原点に帰りそのあとで横の誰かと繋がり直した。依存から縁へ。向きが縦から横へ回った。自立というのは孤立することではない。誰にも寄りかからないことでもない。縁の網に受けとめられながらそれでも自分の足で立っていること。辞めた人が偉いのでも留まった人が弱いのでもない。どこから世界を見ているか—自分の原点に立てているか。ただ、それだけのことなのだと思う。

五:お金とは、何なんでしょうね
私がずっとエッセイの中で一人で回してきた問いがある。「お金とは、何なのか」。それを名古屋の会では友達が暮らしのなかで実際に悩みながら問うていた。理論の私と生活の友と同じ問いの前に座っていた。お金はたぶん目盛りだ。物事を測るための便利な物差し。けれど落差が薄れて世界が渚のように静まってくると目盛りは少しずつ存在感を失ってあとに残るのは原点の縁、お陰様とご縁だけになる。だとすれば「お金とは何か」と額を寄せて問い合う時間そのものがもう答えの入り口に立っている。答えは問いを分け合っているその輪のあたたかさのほうにある。今日、私はついに自分もその問いを打ち明けた。いつも枠を差し出す側だった私が受け取ってもらう側にも座った。それがいちばん静かな今日の変化だった。

六:だから、書き留めておく
上が手放していく意味の言葉を下で私たちが書き留めておく。この本音のエッセイ自体がたぶんその小さな一手なのだと思う。細らされていく虚(意味)にもう一度声を返す。反省も不戦の誓いもお陰様も勿体無いも—上が置いていくなら下で拾って暮らしの言葉として持ち続ければいい。記録することがそのまま繋がり直すことの一部になる。民衆が横で意味を保つというのはたぶんこういう地味なことだ。

結:静かに、手旗を振る
祖父は海の上で伝える言葉とそれを届ける腕の角度を両方きちんと持っていた。私も今日、憂いと灯りを両手に持っている。上を悲しみ、下を信じ、急いで断じず、真ん中—中今—に立って静かに手旗を振れる人でいられたら、それで十分だと思う。遠くの縁も近くの縁もどちらも私の支えの水位になっている。コロンビアの友も名古屋の友も同じ一つの水位を分け合っている。どこに住んでいてもどちら側に生まれても幸せであることはありがたい。これが2026年の終戦の日に私たちが確かに感じていた本音の気持ちだ。上で言葉が細っていくその日に私たちは下で手をつなぎ始めていた。ここに書き留めておく。


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