時間、努力、カネ、命、それらを何に捧げるのか
捧げるという言葉は好きです。敬意や畏れや感謝がある気がする。捧げる対象が自分にとって大事な何かであろうこと、そしてその大事な何かをよりいっそう大事にしたい気持ちが、捧げるという行動に表れるのでしょう。
大事な何かとは人それぞれなんで話の幅が広いんですけど。遊びに全力という生き方もあるし、いや仕事だけが重要だという人もいるし、他、自分を磨くであるとか、家庭を守るであるとか、夢を追うとかね、挙げればなんかいろいろ出てきますよ。そしてそれらは時間か努力かカネか命か、そういったものをあてること、捧げることで保全、維持できるわけなので、大事なものがある限り、生活や人生には必ず何かを捧げている面があるといえる。
大事なものなどないという人も、自分自身のことくらいは大事でしょう。たとえば好きな食べものがあるでしょう。それを食うとき、食べものは捧げものとして自分に手渡されている。供物である。自分自身にセルフで捧げてるんだけど。自分にご褒美ってやつね。これをやりすぎると自分に甘いということになるが。
ああ、何がいいたいでもない。捧げること雑感。贈与論の論点なのかな。
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