バイクに乗る子どもたちはいつか乗らなくなる
うちの子どもたちは、俺のバイクが好きだ。
「天気いいからバイク乗りたい!」
「今日はバイクで保育園行ける?」
「俺も行くー!」
朝からリビングでわちゃわちゃしている。
次男よ。
残念だが、バイクの後ろには一人しか乗れないんだ。
その一方で、妻は一度だけ後ろに乗って「もういいや」と言った。
バイクで得られる気持ち良さよりも怖さが勝ったらしい。
家に帰ってきてヘルメットを脱いだ妻の口数は少なかった。
たぶん色々思うところがあったのだろうが、
俺も深くは聞かなかった。
以来、妻は一度も乗っていない。
大人と子どもの感性の違いは、こういうところでよく分かる。
長女と次女は我が家にバイクがきてからよく乗っていたが、長男はまだ身体も小さく危なっかしかったので、しばらくお預け。
長男が初めて後ろに乗ったのは、三歳の誕生日。
ヘルメットが歩いているみたいだった。
ちゃんとつかまれよ、と言うと、小さな手でぎゅっと俺の背中にしがみついた。
エンジンをかける。
それだけで大喜びだ。
たぶん本人は、大冒険に出るつもりだったんだろう。
行き先は徒歩でも行ける距離のコンビニだったけど。
信号待ちのたびに、
「もう着いた?」
「まだだよ」
「オレの好きなお菓子あるかな?」
「あるよ」
そんな会話をした。
到着し、ヘルメットを外すと長男は、テーマパークに来たみたいな笑顔を見せてくれた。
近所のコンビニで、である。
帰り道もずっと興奮していて、家に着くなり妻に
「バイクめっちゃ早かったんだよ!」
「風すごかった!」
「じゃがりこあったの!」
と報告していた。
何よりである。
危ないからスピードは20kmしか出してないけどね。
それからは長男もバイクがお気に入りになり、子どもたちは順番に俺のバイクの後ろに乗るようになった。
上の子が卒業したら、次の子が入学してくるみたいに、後部座席はいつも誰かで埋まっていた。
長男は景色を見るのが好きで、ずーっと横を向きながら後ろに座っているタイプだった。
道端の犬、雲の形、通り過ぎた車の種類まで実況してくれるので情報量が多い。
次女は流行りの歌を歌いながら踊る。
音程は自由だが、声量だけは一流だった。
後ろでバタバタしてるから最初見た時は何事かと思ったけど。
長女は後ろに乗るのが上手い。
体重移動のセンスがあるので、俺の運転によく馴染む。
後ろに乗せていて1番安心出来るのは間違いなく長女だ。
次男はまだ小さくて乗れないので、「なんでぼくだけ乗れないの!」といつも暴れ回っていた。
だって小さすぎて危ないだもん。
もうちょっと大きくなったら乗ろうな。
子どもが多いと、送迎もなかなか忙しい。
次女が保育園児だった頃は、長男と次女をそれぞれ送り届けるために、朝から二往復したこともザラにある。
一人目を送って戻ると、次の子が玄関で待っている。
こっちはすでに一仕事終えた顔をしているのに、向こうは遠足前夜のテンションだ。
「早く行こうよ!」
いや、こっちは今帰ってきたところなんだが。
それでも、後ろに乗せると嬉しそうにしがみついてくる。
そうなると、まあいいかと思ってしまう。
父親なんて、そんなもんだ。
***
真夏のシートは地獄みたいに熱くなる。
ある日、次女を乗せようとしたら、
「熱い!」
と言って、バイクにまたがれなかった。
そりゃそうだ。
黒いシートと真夏の太陽は、悪ガキ同士が手を組んだみたいな相性をしている。
仕方なく、俺が着ていたシャツを脱いでシートに敷いた。
次女は快適そうだった。
その代わり、俺はタンクトップ姿で真夏の昼間を走ることになる。
日差しは容赦なく、信号待ちのたびに肌が焼ける音が聞こえそうだった。
帰ってから浴びたシャワーは、剣山でも混じっているのかと思った。
日焼けした肩にお湯が刺さる。
痛がる俺を見て、次女は腹を抱えて笑っていた。
近藤真彦もびっくり、天使のような悪魔の笑顔である。
そこらへんの大人にこんな態度を取られたら腹も立つが、お前は可愛いから特別に許してやる。
***
真冬にも事件はある。
「風になりたい」
そんなロマンチックな理由で、寒空の下をわざわざバイクで走った日があった。
長男は喜んでいた。
俺も久しぶりのバイクに最初は少し楽しかった。
だが、帰る頃には風になるどころか、完全に風に負けていた。
指先の感覚はなく、鼻水は止まらず、笑うと歯が鳴る。
その夜、しっかり風邪をひいた。
大人になると、ロマンと体力が釣り合わなくなる。
***
真夏にバイクが動かなくなったこともある。
長女を後ろに乗せて、ピアノ教室から帰ろうとしたときだった。
エンジンが、うんともすんとも言わない。
何度セルを回しても無反応。
長女は心配そうに俺を見る。
こっちだって心配だ。
バイクを道に置いていくわけにもいかず、二人で押して帰ることになった。
汗だくの俺の横で、長女も小さな手で一生懸命押してくれた。
戦力としては、正直そこまででもなかった。
でも、一人で押すよりずっと楽だった。
「がんばれー!」
「もうちょっとだよ!」
そう言ってくれる人が横にいるだけで、人はかなり頑張れる。
あれは多分、バイクを押した思い出というより励まされながら歩いた思い出だ。
***
長男と公園へ行った帰り道のことも忘れられない。
背中に、ヘルメットがコツン、コツンと当たる。
最初はふざけているのかと思った。
でも違った。
定期的な揺れと風が心地良かったのだろう。
どうやら寝ている様子だ。
気持ち良さそうな顔で、俺の背中にもたれたまま。
危ないし、重いし、どう考えたって運転はしづらい。
それでも、たぶんあの日の俺は、ずっとニヤけていた。
子どもって、安心している場所でしか寝ない。
あのときの長男にとって、バイクの後ろと俺の背中は、眠ってしまえる場所だったのだと思う。
それは父親として、かなりうれしい勲章だった。
そんなふうに、俺のバイクには思い出が積み重なっている。
ヘルメット越しに聞こえる声。
信号待ちで背中に当たる小さな体温。
眠そうに寄りかかってくる重み。
コンビニで選ぶアイス。
保育園へ向かう朝の慌ただしさ。
どれもそのときは、ただの日常だった。
でも、子どもは必ず大きくなる。
何か不安があるたびに抱っこをせがんでいた長女は、もう抱っこをせがまない。
手をつないで俺から離れなかった次女は、いつの間にか俺より足が速くなって、どこへだって走っていく。
今は「パパ早く遊びに行こうよ!」と言う長男も、そのうち友達との予定の方が大事になる日が来るだろう。
父親のバイクなんて、少しダサく見える日も来るはずだ。
それでいい。
それがちゃんと育つってことなんだと思う。
少し寂しいけれど、誇らしくもある。
それでも、もしまた
「乗りたい」
と言われたら、たぶん俺はその瞬間に鍵を取りに行く。
本当は俺にだって疲れてる日はある。
夏は暑いし、冬は寒い。
正直、車の方が圧倒的に楽だ。
でも、バイクって不思議な乗り物で、しばらく放っておくとすぐ拗ねる。
乗らずに置いておけば、バッテリーが上がってエンジンはかからなくなる。
だから定期的に走らせてやらなきゃいけない。
なんとなくだけど、家族との時間も少し似てる気がする。
「いつでも出来る」と思っていたら、気付けばあっという間に過ぎていく。
去年まで当たり前だった景色は、次の年にはもう見られない。
だから今のうちに、出来るだけ後ろに乗せて走っておこうと思う。
信号待ちでくだらない話をして、コンビニでアイスを買って、暑いだ寒いだ言いながら。
そういう時間を、ちゃんと走らせておきたい。
後ろに乗る子どもたちは、いつか乗らなくなる。
だから今のうちに、何度でも風になっておこう。
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