改造手術に根幹的恐怖を感じる不思議
話題のアニメ『ミルキー☆サブウェイ』を観ました。
確固として構築された世界。そこで市井の民として人生を紡いできた登場人物が、騒動を通じて確かに備えた美徳、そして心の柔らかい部分を魅せていく。素行は悪めですが、そここそが彼らの人生の証明として映えている。
そんな浸かり心地の良い作品ですが、この記事で語りたいのはミルキーサブウェイの萌え語りではありません。ごめんなさいね。
今回のテーマは、この作品によって改めて意識させられた『サイボーグ』という存在について。
……正確に表現すれば、サイボーグというか人体改造について。
私は、人体改造という概念に根本的な恐怖を覚えています。
サイボーグという設定のキャラクターが嫌いとか怖いとかではありません。
『ミルキーサブウェイ』登場人物、マキナちゃんの『顔がモニターになっていて、そこに表情が写る(表情でなくなる瞬間もある)』というデザインは天才の所業ですしね。
サイボーグゆえの生態とか文化的背景とかは設定萌えの栄養素に溢れていますし。
満足に動き生命活動を続けている肉体の一部を切り捨て、人工物に換装するということに理屈ではない恐怖と嫌悪が湧いてくるのです。
一部でなく、丸ごと肉体を捨てて電子的存在になるのも同じく。
治療ならいいんですよ。
病気とか、致命傷を負ったとかで、サイボーグ化しないと本当に死んでしまうとかなら。
そうでない……更なる力を求めてだったり、何かしらの組織に改造されてだったりとかで肉体が捨てられてしまうのがとても怖いんです。
妙なのは、私が恐怖を覚えるのが『(超)科学技術による改造』に限られる点です。
つまり、魔法や呪いなどで獣や怪物にされてしまうシチュエーションではこの手の恐怖は湧いてこないんですよね。
むしろ、変容先が可愛い・格好いい・美しい獣や人外であるならだいぶときめくシチュエーションなんです。
可逆性があるならさらに安心して萌えられます。
なぜなのか。
それは『魔法や呪いはこの世にない(少なくとも、物理実体を変化させる魔法はない)が、科学技術は存在し発展し続けている』から……言い換えれば、現実世界の事象の範疇(あるいは延長線上)にあるからだと感じています。
私は、私自身が改造される可能性を恐れているのだと思います。
もちろんありえないですよ?
将来的に人工関節とか白内障などの手術を受ける可能性は大いにありますし、そもそも私は既に歯を改造されきっているサイボーグなのですが、悪の組織の先兵として改造人間にされることは絶対にない。超科学力を備えた悪の組織はファンタジーの住人ですから。
でも、その過程として行われるであろう肉体の損壊を……少なくとも肉を切る刃物の痛みを知っています。
科学技術による改造は、私が知っている現実の痛みと地続きであることを想起させるから怖くなるのかなと思っています。
加えて、私は生命活動をとても尊いものだと感じています。ここは理屈ではなく、信仰に近いものかもしれません。
意識せずとも鼓動し呼吸する自分の体。同じように律動する全ての他人の体、生物の体。
それを食べるためでもなく、無駄に廃棄するなんてとんでもない! という感覚が割と強くあります。
廃棄には当たらないけれど……その感覚の延長線上で、私、整形もしたくないんですよ。
コンプレックスの本丸が容姿ではないからこそそう思えているのかもしれませんが(なお、残念なルックスではあります)、病気もない健康な部分にメスを入れていじるという行為自体がとてもとても嫌。
あ、自分だけに適応される話ですよ。他の方が整形なさるのは自己実現の一環として全く構わないと考えています。
歯の治療もそう。上で少し触れましたが、私は幼少時からものすごく虫歯が多く、全ての歯を掘って埋めて、時には銀歯をかぶせて……と治療されつくしています。
しかし、虫歯治療のための最低限を超えて歯はいじりたくない。
私の歯は黄ばんできていて部分的に茶色い染みもできています。歯科でそれを目立たなくできないか相談したところ『表面を削って貼り物をする』手法を紹介されました。
しかし、黄ばんでいても歯としてまだイケる部分を削るのはとっても嫌! と強く感じたため実行しませんでした。
調べた感じ、ラミネートべニアという手法に当たるのかな? 薬剤使用のホワイトニングの話は出ませんでしたね。
余談ですが、ここもだいちゅきな母と気が合わないポイントです。母は身体の美観を重視するので。
何でこんなに外科手術的肉体改造が嫌なのか?
幼少時、たまたま目にした再放送アニメの改造シーンが怖かったから……というのが原因かなとも思いましたが、それにしては感性の根源に結びついている気がする。
過去世で人体実験されたトラウマなのかもしれないですね! とスピリチュアルに結びつけるしかない状況です。
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