【連載小説⑦‐1】 春に成る/ドリップ珈琲(星屑の珈琲)
< 前回までのあらすじ >
喫茶店『ベル』のマスターの息子・敬が夜にやっているバーに来た遥。バーだからとお酒しかないことに、『ベル』が大切なあまり、意見する。しかし、敬に睨まれ、逃げるように帰ってしまった。
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ドリップ珈琲(星屑の珈琲)(1)
数日後、定時に上がれた日に昼の『ベル』に滑り込んだ。夜の『ベル』での出来事を、少しでも早くマスターに伝えたかった。
「結局、偉そうなことだけ言って出て来てしまって……。勝手なことをして、本当にすみませんでした」
やらかしてしまった事の重さに耐え切れずに、カウンターに引っついてしまいそうなくらいに頭を下げた。
「遥さんが謝ることはないですよ。わざわざ夜の『ベル』にも来て下さって、ありがとうございます」
マスターの声と、いつものジャズがゆったりと包み込んでくれる。不思議と、マスターの笑顔がいつもよりも柔らかく見えた。
そして、少し電話をしてくると、マスターがカウンターから離れた。
「遥さん、ちょっとお願いがあるのですが」
電話を終えたマスターは、駆け足で私に近づき、申し訳なさそうに続けた。
「急用が入ってしまって、すぐ出掛けないといけなくなりました」
「え、じゃあすぐに私もお店出ますね」
「いえ、この後、敬が来るので、『ベル』の鍵と連絡ノートを渡して欲しいんです」
げっ、敬さんが? もう会わないと思っていたのに……。謝った方が良いかな……ううん、重要なのはそこじゃない。
「あの、私、ただの客です! こんな大切なもの、預かれません」
「いいえ、遥さんはただのお客様ではありませんよ……お願い、できませんか?」
少し悲しそうに小首をかしげるマスター。そんなの、断れないよ。
「看板はクローズにしておいたので、誰も入って来ないと思います。何か困った事があったら、この紙の番号に電話して下さいね」
そう言い残してマスターは出て行ってしまった。残された私は、マスターの番号が書かれた紙を、お守りを握りしめる受験生みたいに握りしめた。
裏口が開く音がして、ノートと鍵を手に取った。カウンターに、敬さんの姿が見えたので、声を掛けようとした瞬間、後ろでベルの音が鳴った。
「こんばんは。遥ちゃん」
大きめの鞄を肩にかけた流果さんが、作られたように綺麗な笑顔で入って来た。心の中で悲鳴を上げながら、マスターに、クローズなのに入って来る人がいますよ!
と必死に訴えていた。
更に、流果さんは内側から鍵をかけてしまった。こちらに向けられたのは相変わらずの笑顔だったけど、どこか影があるようで怖くなる。マスターに電話しようと、立ち上がって携帯を手にすると、敬さんが口を開いた。
「おい、話があるから、そのまま座ってな」
そう言っておいて、自分はカウンターで作業をし始める。え、話があるんじゃないの? 何、この人。思わずポカンとしてしまう。
「相変わらずで、ごめんね。敬は作業あるから、僕が代わりに話すね」
敬さんを優しく見つめながら話す声は、いつも柔らかく、少しマスターを思わせる。まだ何も知らないのに、どこか安心してしまいそうで怖かった。
一つ席を空けたところに鞄を置くと、流果さんは、中からPCと私のノートを取り出した。ノートを顔の前で持ちながら続ける。
「この前、このドリップ珈琲のことまとめたノート、見せてもらったでしょ?」
PCを起動させ、長い睫毛を動かし、口角を上げ、気になっていた話題を持ち掛けられたので、真っ直ぐに見返す。
「あのパッケージ、面白そうだったから作ってみたんだ」
PCの画面には、ノートに描いていたパッケージをベースに、描ききれなかった部分まで表現してくれたようなものが浮かび上がった。自然とPCに吸い込まれた。
「すごい……! ノート、しっかり読んでくれたんですね。嬉しいです!」
「僕、デザイナーやっててね。遥ちゃんが望むなら、これ、製品化できるよ」
「ええ! お願いしても良いですか? こんな素敵なパッケージ、絶対マスターも喜んでくれる。流果さんにノート見てもらえて、良かったです」
「……そんなに喜んでもらえたなら、良かったよ」
さっきと少し違う笑顔と緩やかな声が、驚くくらい近くて、想像以上に近くなっていたので、距離を戻した。
「あの、私、こんな風にプロの方にデザインしてもらうのって初めてで。費用ってどのくらいかかるものなんですか?」
「んー……別に要らないよ。遥ちゃんが取引してくれるなら」
不敵に微笑んだ姿は、男性なのに妖艶という言葉が似合いそうで、何かあることを察知して体に力が入った。
※「ドリップ珈琲(星屑の珈琲)」が途中である為、絵は次回掲載します。
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※見出し画像は、シロトナカイの素人な会様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。
