【連載小説⑬‐1】 春に成る/ミルク
< 前回までのあらすじ >
マスターに三人でつくった「エスプレッソ・マティーニ」を飲んでもらうことができた余韻に浸る間もなく入院することになってしまう。マスター不在でのメニューを考え、実際に悪戦苦闘しながら店を回す遥とフォローする敬。
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ミルク(1)
敬から、流果と私に病院へ来るようにと連絡が入った。ちょうどお店の定休日で、連絡をもらってすぐに、マスターの病室へ向かった。
しばらく会っていない間に、更に痩せたマスターが微笑んでくれた姿を見ただけで、涙が溢れてしまいそうになった。敬も流果も私も、終始、平静を装う為に強く握った拳を緩められずにいた。
そろそろ退出しなければならなくなった時に、マスターが私に向かって両手を拡げた。導かれるように、マスターの背中に手を当てながら、抱き締めた。薄くなってしまった背中から、背中に当ててくれた手から、伝わる温度。
「ハルちゃん、ありがとう、あなたと出逢えて良かった」
出会った時から変わらない、柔らかい声音で、軽くなった体で、最期だと告げられ、堪えきれなくなった気持ちが、目から溢れてしまう。時間がいくらあっても足りないくらい、伝えたいことはあるのに、涙で堰き止められているみたいに言葉が出ない。
当てた手の力を強めて応えた。
マスターには、言葉で、仕草で何度も抱き締めてもらっていたけど、初めて実際に温度を感じた。
「……ありがとう」
言葉にはできなかったけど、手の力に込めた想いさえ、受け止めてくれたみたいに抱き留めてくれた。
熱い雫が滴り落ちる。
翌朝、練習も兼ねて珈琲を淹れる。
ゆっくりと一粒、また一粒と落ちる雫は、もうすぐ出来上がることを報せている。
「最後の一滴は、雑味が入るから落としきらないという人もいれば、豆が良ければいいという人もいます。これは、ハルちゃんが実際に飲んで、良いと思う方でやって下さい。どんな味でも飲む人が好みではなければ、雑味になってしまうとか、雑味を豆の個性だと言う方もいますし、これも受け取り方なんでしょうね」
マスターが自分で飲む時、最後の一滴を入れてること、知ってる。
マスターの想いが詰まった珈琲。
たくさんの雫が重なって、できる一杯。
全てを出し切ったように、最後の一滴が落ちて重なった。
熱くボヤける景色に黒が集まる
奪われて透明になっていく音
白い花の香りさえ感じない
緑色の白湯を飲む
背中に触れる二つの温度
その温度が私の足に踏ん張る力をくれた。
たくさんの黒が集まって、見守る。
出来上がった景色の中に私もいる。
微笑むあなたが、ずっと見ていてくれる。
そんなあなたを、きっとずっと、想う。
あなたが重ねてきたもの、守らせて下さい。
地面が見えなくなってしまう程、降り積もった雪が、世界を真っ白に染めていく。

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※「ミルク」は絵が2枚あります。
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※見出し画像は、浦 らら|Bangkok 在住様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。
