見出し画像

【連載小説⑥‐4】 春に成る/ドリップ珈琲(緑の珈琲)

< 前回までのあらすじ >

喫茶店『ベル』のマスターから息子の話を聞き、夜のバーになった『ベル』に行ってみる遥。そこには、強面な店員の敬と、女性のように綺麗な男性客の流果がいた。

春に成る/ドリップ珈琲(緑の珈琲)

※先に絵と詩をご覧いただく場合はコチラ

ドリップ珈琲(緑の珈琲)(4)



「遥ちゃんさ。ココに来たのって何か理由があるの? ココ、初めての人には入りにくくない?」

また、二人の視線が刺さる。もう一口飲んでから、話そうと顔を上げると、身を乗り出した流果るかさんから、フワリとまた、あの良い香りがした。

「私……昼の『ベル』に良く来てるんです」

「親父の店の客……?」

けいさんが初めてエスプレッソを飲んだ時のような苦い顔をした。同時に一瞬時が止まった。親父って言った……いやぁ……やっぱりこの人がマスターの息子さんだったんだ。あんまり似てない親子なのかなぁ。

「それで、マスターの珈琲が大好きで、ドリップ珈琲を作ってほしいってお願いしてて。マスターが『ベル』は昼と夜で一つのお店だから息子とも相談するって言ってたので、夜の『ベル』がどんな感じなのかとか、息子さんがどんな人か気になって、勝手に来たんです。マスターは私が来てることは、知りません」

ああ、また馬鹿正直に言葉が出てきてしまった。マスター、ごめんなさい。

「ああ、アンタか。このノート書いたの」

敬さんは、乱暴そうな見た目に反して、私と流果さんの間に、フワっとノートを着地させた。そういえば、飲み物を出す時も今みたいに手付きは柔らかかったような気がする。なんとなく、職場の部長みたいに、投げ捨てるように書類を置くタイプだと思っていたから、意外だった。ノート、しっかり読んでくれたのかもしれない。

「へぇ、見せてもらってもいい?」

頷くと、流果さんがスッとノートを手に取って、開いた。確信はないけど、敬さんもこの提案を悪くは思っていない気がする。肩に力を入れて、自ら目を合わせにいった。

「あの、すぐには決められないかもしれませんが、他にも欲しいって言ってくれてるお客さんもいるんです。前向きに検討をお願いします!」

「……考えとく」

そう言ってそっぽを向いてしまった。きっとこの件を、これ以上ここで話すつもりはないんだ。考えてみれば、いきなりそんな話しを持ち掛けたんだし、敬さんにも時間が必要だよね。あまり長々居てもお邪魔だろうし、明日仕事だし、早く帰ろう。

残りのレッドアイを飲み干し、またメニューを眺めた。久しぶりに飲んだからか、体の熱が頬に集中していく感じがした。続けてお酒を飲むのが怖くなる。

「あの、ノンアルコールか、ソフトドリンクはないんですか?」

「ない。ここはバーだ。嫌なら帰んな」

「敬」

ピシャリと言い切る敬さんに、顔を上げた流果さんが諌めた。

そう、確かにバーはお酒を楽しむ場所。飲めない人が来る場所ではないというのは、正論でもある気がした。ノートを置いた時に、見た目通りの人じゃないんじゃないかと思ったけど、そっちが勘違いだったのかも。最初入って来た時に私を見る目から、何となく嫌われているというか、相容れない感じがしてた。帰った方が良いのかもしれない。

「……分かりました、帰ります。お会計お願いします」

「遥ちゃん」

流果さんが、何か言いたげに視線を向けたけど、弱々しい笑顔で撥ね退けてしまった。結局、夜の『ベル』へ来てもどうすることもできなかった。むしろお互いに色々印象が悪くなってしまったかもしれない。肩を落としながら財布を取り出して顔を上げると、レジの後ろにマスターの珈琲カップが並んでいて、昼の『ベル』を思い出した。

そういえば、マスターも珈琲にこだわっているけど、ミルクやジュースもメニューにあった。珈琲が飲めない人にとって、どれだけ心強いことか、今なら分かる。時間が違って提供するものが変わっても、ここは『ベル』だ。居心地が良い様にとマスターが守ってきた場所。私を変えてくれた温かい場所。このままじゃダメ!

お金をピッタリ出して、再び敬さんに挑んだ。最初と変わらない温度のない目。

「あの、勿体ないと思います。確かにバーはお酒を楽しむところですけど、お酒が飲めなくてもバーに来たい人はいます。お酒だけしか飲めないお店だと、そういうお客さんは行きたくても行けません。それは『ベル』にとっても、敬さんにとっても、勿体ないです」

「は?」

眉間に皺の寄った今日イチの目力が返って来て、我に返った。バケツの水をひっくり返したように血液が下がった。何で偉そうにこんなことを……。冷えた頭の中に、後悔だけがポツンと残っていた。

「私は、そう思っただけなので!」

逃げるように帰ろうとした時、入り口のベルが鳴って男性とぶつかってしまった。

「わ、ごめん。大丈夫?」

「大丈夫です、すみません!」

ぶつかった男性の顔も見ることなく、走って扉をくぐった。きっともう二度と来ることはない。さよなら、夜の『ベル』!

***

「え、今の誰? 女の客なんて珍しいじゃん」

瑛二えいじ

敬と目を合わせた流果が察して、状況を説明する。

「そうなんだ……。実はさ、言おうか迷ってたんだけど……」

⑥‐2 drip bag(green coffee)


★「ドリップ珈琲(緑の珈琲)」の絵と詩の記事はコチラ

※「ドリップ珈琲(緑の珈琲)」は絵が2枚あります。

☆次の話はコチラ

※見出し画像は、感護師つぼ坪田康佑様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集