【小説】 雨に成る
『春に成る』の流果視点での番外編です。
離婚で不安定になった母に酷い扱いを受けながら育てられ、捨てられた流果。
その為、女性に不信感を抱きながらも、生きる為に男女ともに利用してきた。
大切にしたいと思える人・敬(ケイ)と出会い、敬の為に利用してきた遥(ハル)と関わることで、様々な想いを抱えながらも変わっていった。複雑な気持ちは抱えたまま、敬とも遥とも一緒にいたいと思う自分の気持ちを受け入れた。
余命宣告された敬の父・マスターが入院し、葛藤しながら日々過ごす敬とハルを見守りながら、自分の中の葛藤と向き合う。
(参考:『春に成る』前回)
春は嫌い
仄かな桜色の日常が散ったから
僕とそっくりな男が帰って来なくなって
家の中がジメジメしていった
あの人の中で僕は消えて
帰ってこないアイツになる
青と赤の悲鳴と痕が咲いて
もう一人のボクが生まれた
明るいうちは僕
暗くなったらボク
半分ずつ耐えてきたのに
外に出された僕らの色は雨に溶けた
突然降り注ぐ光、ポカポカした手
「お父さん」を見る、あなたに
初めて打ち明ける「二人」
あなたは望む「一人」に戻ること
散らした落ち葉と僕らを呼ぶ声
足音と声が途切れ、振り返る
あなたと道路が赤く染まってた
僕らは、また、失う
僕は笑う、言われるがまま、ただ抑えて
ボクは嗤う、偽ったまま、ただ壊して
どうせ失うなら、最初からいらない
いち早く散らす、雨になる
はっきり映ったのは、キミだけ
僕の日々を色づけていく
モノクロのままのボクは
空が泣く日だけ解放される
利用価値を見出した、あの子
冷ややかに偽って近づく、キミの為
少しずつ緩んで、壊すはずが、壊れる
慣れない温度に、僕らは立ち尽くす
キミを想う僕も
あの子を想うボクも
僕とボクは一つ
あなたの言葉、ようやく分かった
降りしきる雨が、耐え忍んでいた葉さえ落として、残骸で地面が埋まっていた。
雨が止んだら、きっともっと寒くなるんだろうけど……。
地下へと続く階段は、いつもより深い。
聞き慣れた音を鳴らして、オレンジ色に染まる。
「流果! いらっしゃい」
華やいだ顔で迎えるハルと、隣でボクを捉えたケイ。
二人は、ふと不思議そうな顔をした後、雨跡を見つけて、曇らせた。
それはボクも同じだった。この時間はハルだけだと思っていたけど、ケイが手伝いに来てた。それに、雨なのに思ったより客足もあるなんて、予想外だった……。
「今日は雨なのに、来てくれたんだね」
伺うようにハルが口を開く横で、どこか警戒しているように窺うケイ。
「……ハルが、前に珈琲にリラックス効果あるって言ってたの、思い出したから来た」
「そうなんだ。あ、前に流果が渡してくれたドリップ珈琲あったでしょ。あの珈琲をお店で淹れられるように、練習してるんだよね。良かったら、試飲してくれない?」
「……うん」
携帯を触りながら、ぼんやりと思う。
雨の日はいつもと違う……そう思っている二人は、どこかぎこちない。そんな二人にハルと二人で話したいなんて言っても、不安や警戒を生むだけ。
ボクをルカって呼ぶ二人に、今はカケルなんだって言っても仕方ない。
ボクの存在なんて、伝えるつもりはない。
混乱しながらも理解しようとしてくれる二人だからこそ、言いたくない。
だって、もうすぐ消える。
ルカだけになる。
ただ、どうしても、その前に……。
ケイとハルに会えなくなった時に、ルカが届けた香りが、ボクを包んだ。
いつも何かあるとボクに相談してくれてたルカが、あの時だけは一人で動いた。
珈琲に映るルカの顔が揺らぐ。
だけど、ずっとボクのことも気にかけてくれた。だから、今も存在できてる。
ルカを真似て、目を瞑って飲む。
もう、ボクはいらない。
ルカには、ケイとハルがいる。
ずっとルカを通して二人を見てきた。
実際にボクと話したのは、僅かだけど、二人は、傍に居続けてくれた。
もっと二人と過ごせたら……。
でも、どうして……悲しいのに嬉しい。
その理由も、もう分かってる。
飲み干した後、顎の下辺りに熱がせり上がってくる気がして、なんだか慌てた。
「……帰る」
「え、流果?」
階段を上がって、傘を広げた。
ビニールに当たって流れる雫に、そっと手を当てると、どこか暖かい気がして、緩む。
ゆるやかな歩幅で進む。
「流果!」
きっと、これが最後のチャンス。
「この携帯、流果のだよね?」
「ハル……」
ハルが嫌い……そうであろうとした。
ルカの中でハルに悪態ついて、嘲笑った。
ずっと、怖くて、早く壊したかった。
それなのに、壊すことが、怖くなった。
追いかけてきたハルが濡れないように、傘の中に入れた瞬間、視界がグラつく。
ハルの肩に頭を預けた状態で、保つ。
「わ、大丈夫?」
もう、時間が、ない。意識が離れないように、ハルの肩に添えた手に力が込める。
「……ハル、ありがと」
手当てしてくれて、温かさをくれて、離れないでいてくれて……溢れてくる本当の意味は、一つも伝わらない。それでも、最期にボクの口から伝えたかった。
ルカやケイみたいに、手当てしてあげることも、できない。きっと縋ってしまうから、背中に手を当てることすら、できないけど。
「携帯ないと困るもんね、気づいて良かったよ。それより、大丈夫? 体調悪い?」
背中をさするハルの温かさを感じながら、目を閉じた。
ボクは、本当は……。
ボクを飲み込むみたいに、雨音が増す。
消えてしまう……全部?
目を開くと、ルカが柔く微笑む。
両手を広げたルカが、ボクを包み込んだ。
「流果?」
「……大丈夫。それより、やっぱりもう一杯飲んでってもいい?」
「うん、もちろん! あれ? なんか……」
「ん?」
「ううん、何でもない……あ、もう一杯飲みたいって思ってもらえるってことは、マスターに、ちょっとは近づいてるかな」
「あはは、残念だけど、そういうんじゃないかな。ハルが淹れてくれた珈琲が飲みたいって感じだから」
「……どういうこと?」
「ハルが、敬と同じくらい特別ってこと」
まんまるな目に映ったボクと、目が合った気がした。
「敬と……同じ? え、私、女、だよ?」
「今更そこ? 知ってるよ、ふふ」
目をしばたかせて、呆然としている。
「もしかして、信じてもらえてない?」
「え、ううん……流果の特別の中に、ちゃんと入ってるんだなって……ちょっとビックリして……私もね、流果と敬は特別なんだよ」
「ふふ……知ってたけど、ありがと……戻ろうか。雨が強くなる前に」
ゆっくり歩き出しながら、話し出すハル。
「落ち葉すごいね、雨で全部散って……なんかでも、私みたいにグズグズしてた葉っぱを後押ししてくれたって感じもする」
「あー、グズグズしたまま冬になって、慌ててそうだもんね」
「う……あ、そう思うと、流果がくれた珈琲みたいだね。グズグズしてた私たちを、後押ししてくれた!」
「……じゃあ、ハルまた飲まなきゃ。マスターの面会が家族だけになって、グズってきてるから」
「だ、大丈夫。今は、マスターを安心させようって切り替えたから! それより敬だよ」
そう、まだ乗り越えるべきものはたくさんある。
「まぁ、二人がグズグズしてても、なんとかするよ」
敬もハルも、言葉にしなくても、大切だって伝えてくれてた。それを受け留めることにすら時間がかかったけど、今度は僕が二人の手を引いていけたらいい。
そういう雨になっても、いいのかも。
※番外編をお読みいただき、ありがとうございました。
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