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【小説】 空に成る 1/2



『春に成る』完結後の視点での番外編です。

両親がお酒を楽しそうに飲むのが幸せの象徴だったが、母が飲酒運転が原因の事故で、学生時代の彼女が飲酒で暴れた彼女の父親のせいで、次々他界。
絶望の中、事故以来お酒を飲まなくなった父に、もう一度お酒を飲んで幸せそうに笑ってもらえるよう、バーテンダーになって安心できる店になるよう奮闘してきた敬。

流果とハルと出会い、また大切だと思える人ができることで前を向き、病気が発覚した父とも向き合いながら、これからも店を守っていこうと決意するが……。

詳細は春に成るをご覧ください。
※敬と流果が登場するのは、ドリップ珈琲(緑の珈琲)からです。

春に成る


もし、死んだ人間が星になるなら
残された人間は空になる 
只々果てしなく広がる
漆黒の空に

強く優しかった母も
弱く守ってやりたかった彼女も
次々と白く冷たくなっていった
大切だと思うと空に消えてしまう気がした

大切な人なんて、つくらない
そうすれば悲しまない、悲しませない
切り離す、周りのもの全て
ずっと夜のまま、終わりだけを見てた

どうしても離れない朝陽が照らした
眩しくて、影を見つめたまま走った
今にも消えてしまいそうな雲が重なる
このまま消えてほしくないと手を伸ばす

仄かなオレンジ色に染まった後
月が顔を出して、離れなくなった
また漆黒に包まれる夜が来る
ずっと見てきた終わりを照らした

初めて、はじまりを見た気がした



「だいぶ、落ち着いてきたよね」

珈琲を飲みながら、目を細める流果るか
親父が亡くなってから、朝はハル、昼頃から俺も合流して喫茶店を、夜は俺がバーをやる形で続け、客足も落ち着いてきていた。

喫茶店からバーになる前の一時間は、親父の頃から変わらず準備時間。
今日みたいに流果も一緒に休憩やミーティングすることも度々あった。

「まぁ、まだまだ課題は多いけどな」

「あ、今日ランチ頼んでくれるお客さんが多くて、食材足りないかも。今のうちにスーパーに買い出し行ってくるね。じゃがいもと、にんじんと、卵と……」

「またハルが卵割らないように、一緒に行こうかな」

「あれはごめん……でも、瑛二えいじさんがふざけなかったら、ちゃんと……」

こんな風に柔らかく笑う流果を、前は想像できなかった。もう雨の日に、別人みたいになることもないし、俺やハルには言いたいことも言うようになってきた。
流果と初めて会った時、どこか似たものを感じて放っておけなかった。俺みたいにならないように、どうにかしてやりたかった。

だから、良かったと思う。
だけど、なぜかそれだけじゃない。
自分だけが取り残されてる気がして焦る。
別にそれでいいのに、どうかしてる。

「でも、荷物多くなりそうだから、一緒に行ってもらお。あ、そうだ。けい!コレ見て」

ハルがどこか得意気に、青いタオルハンカチを広げる。そこには見慣れたロゴ。

「何だよ……那津なつの店のか?」

「そう! お店の三周年記念で作ったんだって。『ベル』でも作ろうよ。あの……」

「いつかな」

「……ハル、スーパー混むから行くよ」

今は、これからも店をやっていけるように考えたりするのに手一杯で、先のことなんて想像もつかない。ずっと考えてこなかった未来に、ずっと戸惑ったままでいる。

親父が入院してる時、言っていたことがある。

「……前に、ハルちゃんに言ったことがあるんだけどね。親にとっての幸せは、子どもが幸せであることだって。お前はもちろんだけど、ハルちゃんも、流果くんも幸せなら、私は嬉しいよ」

店が安定したら、俺等は、親父は「幸せ」になれる……そんな気がして、今はそれしか考えられない。


二人が帰って来ないままバーの開店時間になった。スーパーが混んでいたにしても、遅すぎる。電話しても、繋がらないままでモヤモヤした空気を、ベルの音が散らした。

「お疲れ! なんか事件あったみたいで、すごい人でさ、警察や救急車も来てて」

髪を直しながら話す瑛二に食いつく。

「事件って何だよ」

タオルを握る指が、白くなっていく。

「川の向こうのスーパーあるじゃん? あの辺りで通り魔が出たらしいんだよ。結構怪我人も出たみたいで、救急車もすごくて」

「ハル……流果……!」

「え、ちょ、敬!」

弾かれたように店を飛び出し、いつもの景色を帯にして、近くまで辿り着いた。人がごった返す中、道路に転がった青を拾った。

那津の店名が書かれたそれは、所々赤黒く染まっていた。

病院独特の香りが、鼻について離れないような錯覚に陥った時、強い香りが現実へと引き戻した。

ここは、俺の店……。そうだ、さっき瑛二と店に戻ってきたんだった。
強い香りを漂わせた犯人が、緩く笑う。

「この前、ハルがくれたんだ」

二人分のドリップ珈琲にお湯を注いで、出来上がったカップを一つ手渡してくる。

「とりあえず、二人とも命に別条はなくて良かったけど……早く目を覚ますといいな」

珈琲を口に含んで流し、肺に空気を送る。
これ、今度商品化する珈琲か……。

親父の病気を知って落ち込んでいた時に、一緒に泣いてくれたハル、声を掛け続けながら、この珈琲をくれた流果。

二人の顔が、ゆらりと浮かんで消えた。
震える手を抑え込むようにカップを握る。

通り魔の男は、自分より弱そうな女性を多く傷つけた。ハルもその標的になったが、流果が庇って刺された。ハルは倒れ込む流果を抱え込むように一緒に倒れて、頭を打ち付けた。二人は意識を失ったままベッドの上にいた。

両親や彼女の姿と重なって、このまま目を覚まさなかったらって、じわじわと黒ずんでいく。もし、今回大丈夫だったとしても、いつかこんな思いをする時が、させてしまう時が、どうしたってくる。

分かってて一緒にいることを選んだつもりだった。三人で一緒にいる為に、店のことだって早く軌道に乗せねぇとって……。

「また、一人で張り詰めんなよ」

珈琲カップの中に吸い込まれそうになったところを、瑛二の声が引き戻す。

「親父さんのことがあってから、ずっと心配して、色々話し合ってたよ、流果とハル。最近も……なんていうかバーテンダーになるって一人で突っ走ってた時みたいだったし」

一人で……確かに、最近二人と話すより、早く安定させるんだって一人で色々考えてばっかだった。

「でも、三人見てるとさ、本当にお互いが大事なんだろうなって思って、なんか嬉しくなんだよね」

「……嬉しくなるって何だよ」

「……れいちゃんが亡くなった時、なんか全部どっかに置いてきたみたいになってたから」

久しぶりに、かつての彼女の名前を音にされて、心臓がドクっと鈍い音で跳ねた。

「そっから、すげぇ酷かったもんな……だけど、流果に会ってから、少しずつ感情出るようになって、ハルが来てからもっと出すようになったから嬉しかったんだよ。敬が昔に戻ってくみたいで」

麗が亡くなって、星さえ見たくなくて、過去も未来も全てを塞いだ。
漆黒の中で見た『これから』に、必要ないと思ったものは、全部断ち切りたかった。瑛二のことも、大切だから切りたかった。だけど瑛二だけは、笑顔のまま離れなくて……だから、これ以上大切なものを増やさないようにしてきた。

幼い頃にはキラキラ輝くだけだった酒が、大切な人たちを奪う引き金にもなった。
だからこそ、俺が扱えるようになって、親父にまた酒を飲んで、前みたいに笑えるようになってほしかった。

その夢が叶って、親父がいなくなったら、店を、全てを、終わらせればいいって、それだけだった。

「流果もさ、最初人形みたいだったけど、敬と影響し合ってくみたいに、少しずつ変わってったじゃん? ハルが来て、あれだけ女に酷かったのに、女を……ハルを庇うまでになるなんて、思ってなかったし」

完全防備だったはずなのに、流果だけは、いつの間にか中にいた。何も言わなくても、なんとなくお互いが考えてることが分かったし、どこか似てた。ずっと守ってきた『増やさない』がこんな簡単に崩されことに、驚きながらも、だからって離れる気にもなれなかった。ずっと終わりを見続けてたこと、分かってたであろう流果を、巻き込んでしまわないようにしたいって思ってたくせに、どうすることもできなかった。

「まぁ、敬とハルのことは性別関係なく好きって言ってたけど……今までのこと思うと、あの流果が性別関係ないって言えるようになるって、スゲェことだよ、やっぱ。前はやりたいように、思ったままやってるように見えたけど、どっか苦しそうだった。今はいろんな顔するし、思うようなることばっかじゃないみたいだけど、楽しそうに見える」

嬉しそうに珈琲をゴクリと飲んで、続ける。

「ハルは笑っちゃうくらいドジだし、素直だよな。それに、いつも一生懸命で……だから喧嘩もするんだろうけど……今も店、やってんのは、ハルがいたからだろ?」

瞬きを忘れたまま、瑛二を見つめた。
ハルは危なっかしいから、どうせなら近くで見ておこうって、ただそれだけだった。だけど、ハルは俺を受け入れて、何でも言い合えるようになった。流果が入ったことで崩れたところから、中に入り込んでいた。ハルが『ベル』をやるって言った時、初めてこれから先のことを考えた。

終わらせる以外の選択肢が初めてできた。
その言葉で、目の前が照らされて、初めて分かった。店も、三人でいるのも、まだ続けたい自分がいること。ちゃんと居場所があること。

「……アイツ、俺が店やらなくても、自分がやりながら、ずっと待ってるって言ってたんだ」

「あはは、大冒険だな、それは……ふ、んじゃあ、明日も来るわ」

「……瑛二、ありがとな」

昔から変わらない瑛二の笑顔が、暖かいオレンジのライトにボヤケて見えなくなった。

店を安定させるとか、そんなことじゃない……俺はもう、とっくに。


綺麗過ぎる青を背景に、麗の墓石に好きだった花を添えた。来てしまったら、全てが過去になる気がして、避け続けた場所。

小さなグラスに持って来たノンアルのキールを注いだ。

「遅くなったけど、ありがとな」

次回に続きます。

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