🟡掌編小説|メリーゴーランド
「本当はバイクの曲乗りがやりたかったのだけれど、致命的に才能がなかったんだ。そもそもあの爆音が苦手だったからね」
「他に何ができる訳でもないし、結局、ずいぶん長いこと下働きをやらされたよ。そんな僕を見かねて拾ってくれたのが親方だったんだ。親方は足が悪かったからずっと助手を欲しがっていたのさ」
誰もいない夜、メリーゴーランドの馬車にマリーを乗せ、私はカーニバルの出来事をあれこれ語って聞かせた。
ハリー団長のことや、ナイフ投げのアラン、猛獣使いのロザリン、ブランコ乗りのマリオン、バイクの曲乗りのマックスと馬の曲乗りのビリーがいつも喧嘩をしていることや、そして何より親方のことを。
親方は回転木馬の機械技師だ。
私たちの移動遊園地がマリーの町に滞在するのは、夏が来る少し前、1年のうちのたった1週間だ。
私はマリーに会えるのをいつも楽しみにしていた。そしてマリーも必ず私を訪ねてくれた。
月の明るい夜、カーニバルが跳ねる頃、私たちはメリーゴーランドの前で落ち合う。
だが、その夜はいつもと違っていた。
彼女のどことなく思い詰めたような落ち着かない素ぶりが私を不安にさせた。湿り気を帯びた夜の空気を虫の鳴き声が掻き混ぜている。私はいつになく饒舌になった。
そして沈黙が訪れた。
「兄が戦地へ行くの」と彼女が言った。
私は息を飲んだ。
「わたしはもう若くないわ。じきに十六よ。もう子供じゃない。すぐに歳をとって、お婆ちゃんになって死んでしまう。いいえ、その前に戦争で死ぬかもしれない。兄は志願したのよ。どうして? 虫も殺せないような人だったのに、兄は──」
堰を切ったように話す彼女の声に圧倒され、私は何も言えず黙り込んでしまった。それはあまりにも突然で、あまりにも重い言葉だった。
マリーが私を見つめた。瞳に月が揺れた。
「この木馬で何処へでも行けたらよいのに」
最後にぽつりと呟いた彼女の一言が今でも耳に残る。
***
その後私たちの国は泥沼の戦争に突入した。戦況は日を追うごとに悪化し、防衛線が突破されるとあちこちで市街戦になった。カーニバルどころではなかった。
マリーの消息も途絶えた。
やがて戦争が終わり、ひとりまたひとりと団員が戻って来た。戦後の復興は目覚ましく、新しい価値観と古き良き伝統が同時に押し寄せて渦巻くような、混沌とした活気に国中が満ちていった。
さらに数年が経ち、規模はそれなりに縮小したものの、我等がハリントンカーニバルも年間を通じて巡業出来るまでに回復した。
親方は去年帰らぬ人となった。
「おまえさんも今ではもう立派な親方だ、これで俺も安心して逝けるよ」と親方は言った。
「俺たちはいつだって必死に前を向いて走って来たが、実はただぐるぐると同じ場所を回っていただけかもしれねえなあ」
それが最後の言葉だった。
親方の言いたいことは分かる。そしてそれは半分だけ正しく、もう半分は──
人が人生や歴史をメリーゴーランドの比喩で語ろうとするとき、私はいつもマリーを思い出す。
あの夜の、十六にも満たない少女が、まるで全宇宙を誤って飲み込んでしまったような怯えた瞳で私に訊ねた。
「わたしたち、どうなってしまうのかしら」
彼女は小刻みに震えていた。戦争が未来や家族を奪っていくとは想像もしていなかったのだ。実際、誰が予想し得ただろうか。
私たちは同じところをただぐるぐると回ってなどいない。
その強すぎる重力圏から抜け出そうと目一杯の力で外へ外へと飛び出していく。その一方で、速すぎる回転運動から決して振り落とされないよう、必死に踏みとどまっていなければならない。相反するふたつの欲望の狭間で生きているのだ。
あの夜、動きを止めた馬車で、誰もいないカーニバルで、マリーの瞳だけが真実だった。
夏の気配を感じる頃、私の思いはいつも決まってそこに引き戻され、そして今もその問いの前に佇んでいる。
(了)
🟡1597文字
【附記】
過去の作品をほぼそのまま再録した。
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