⚪️掌編小説|お正月
お正月なんてまだ先の話だ。お前はとりあえず節分のことでも考えておくか、あるいはバレンタインのことでも気にしておけばよろしい。
娘がお年玉が欲しいと言うのでそう返しておいた。
今年の正月は2月17日だ。
これはまあ、いわゆる旧正月というやつで、うちら狼の血族にとっては何より月の満ち欠けが生活の基板である。だから暦は当然、太陰暦を採用している。
つまり節分なんてものは本来は何の関係もない。だが、まあなんだ、うちらの場合、豆をぶつけられる側であるからして、対処が必要というわけだ。
娘がお年玉だなんだと言いだしたのには理由がある。太陽暦の男に恋をしているのだ。
初詣とは言わなかったが妙にウキウキして出掛けて行ったから大方そこでお年玉の話でも聞いてきたのだろう。困った年頃だ。
節分に関して言えば別に豆をぶつけられたところでうちらはどうってことはない。だが恋する男にそれをやられたらどうだ。そりゃあ傷つくのは娘だ。
なあ母さん。
おまえが死んでからずっと引きこもっていた娘がようやく外を向いて歩き始めた。だからこそ、あいつにはこれ以上傷ついてほしくないんだ。
しかしバレンタインだなんて。これまた余計なことを言ってしまった。
***
あなた、どうかわたしたちの娘を信じてあげて。あの娘はわたしたちが思っているよりずっとしっかりしています。
それに、お相手の方はとても良い青年よ。
わたしが死んでからというもの、わたしたちは毎晩のように話をしてきました。
ようやくひとりで歩き始めた娘に、わたしたちがしてあげられること。それは彼女が転ばないように支えてあげることではなく、見守ってあげることではないでしょうか。
わたしはもう娘に触れることも、抱きしめてあげることもできませんから、その時がきたらあなたがそうしてあげてください。
***
パパ、あたし好きな人が出来たの。
人間の男の子なんだ。
パパは反対するかもしれないけれど、とても優しい人なんだよ。
覚えてる?
あたしが人間に虐められたときのこと。
パパはその人たちを蹴散らして、あたしを守ってくれた。そして何も言わずあたしを背中に乗っけてくれて、あたしは鏡餅みたいって言ってしがみついた。お正月が来るたび思い出すんだ。
あのときのパパの匂いが大好きなパパの匂い。
これから先、あたしにまた色んなことが起きて、打ちのめされることもあるかもしれない。そのときはまたパパに甘えちゃうかも。
でもパパ、あたしも少しずつパパのように、ママのようになりたい。
すぐには無理でも、歩いてみたいの。だから許して欲しいんだ。パパ。大好きなパパ。
パパを裏切るようなことは決してしないから。今日のところはそれだけ。
聞いてくれてありがとう。
(おわり)
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