「生まれてきたのはきみのため」
あらすじ
この世界には頭の中で描いた人物を実体として生み出す能力を持つ人類がいる。彼らは〈ペン〉、生み出した実体は〈フィクション〉と呼ばれる。小説家の藤倉めぐみが夜祭りを見物していると、彼女の〈フィクション〉である久慈タツルが久しぶりに現れる。めぐみはかつて強い思慕の感情を持っていた巨匠イラストレーター松島ユウリのことを思い出す。タツルはめぐみとユウリとの合作とも言える存在だった。タツルは祭りで出会った少女とのやりとりの末に消えてしまい、そこにめぐみの追っ手がやってくる。実はめぐみはこの世界の〈ペン〉と〈フィクション〉のルールを逸脱し追われる立場なのだった。めぐみの危機に駆けつけたのは。
地表に残った夏の日差しは、暗闇にも溶けて熱を放ってくる。それでも夜8時を過ぎて、ようやく夜風がまとわりつく熱気をなぎ払ってくれるように感じられてきた。民家が立ち並ぶ集落から山の上の寺へとつなぐ参道。普段ならこの時間は人通りが途絶えるのだろうが、今夜は露店が点在しオレンジ色の光が溢れていた。それだけではない、たくさんの人が丸い提灯を持ってはそこを行き交っている。4、5人ずつ家族とわかる組み合わせで連れ立っていて、子どもはみんな小さな提灯を手に持っているようだった。
露店と露店の間、少し奥まったところの木に寄りかかるようにして私は立っていた。参道を通り過ぎる人々には気付かれないようにできるだけ気配を殺してこの光景を目に焼き付ける。いつか何らかの形で作品に生かせるかもしれない。
「縁日か」
突然頭上から降ってきた低い声は、私に投げかけられたというよりも単なる独り言のように聞こえた。思っていたとおりだ。やはり彼は現れた。
「こんばんは。私が誰だかわかる?」
私が笑いながら問いかけると、彼は美しい瞳に特に感情は込めずに私をしばらく見つめると、「おれの〈ペン〉だ」と答えた。何を当たり前のことを聞くのかとでも言うように。
「そう、あなたは〈フィクション〉。私が生み出した」
最初にその現象が確認されたのは50年ほど前のことだ。海外の高名な小説家が、私小説の形を取った作品を発表した。ある日突然小説家の前に、自分の作品の“登場人物”が実体を持って現れるという内容だった。小説家はその奇妙な出来事を畏怖するというより、むしろ喜びと共に受け入れた。長年独身で一人暮らしだった小説家は“登場人物”と共同生活を始めて、二人は理想の恋人同士、生涯を共に過ごすパートナーになった。
それは作り話として受け取られたけれど、インタビューを受けるたびに小説家は「実体験ですよ」と笑顔で答える。そして数年後、世間はそれが完全な事実であることを知る。似たような出来事が世界中のさまざまな場所で起き始めたからだ。
この世界には、頭の中に思い描いた人物造形をそっくりそのまま実体として生み出せる能力を持つ人類がいる。彼らは〈ペン〉と呼ばれるようになった。〈ペン〉は人並み外れた想像力が必要とされるので、多くは小説家や画家、音楽家などの職に就き、その作品性からすでに名声を得ていることが多い。
そして彼らが生み出した実体は〈フィクション〉と名付けられた。〈フィクション〉は姿形だけでなく、性格、知能、能力、趣味嗜好の全てが〈ペン〉が考えたとおりのものとして誕生する。肉体的には普通の人間と全く変わらず、食事や排泄はもちろん、加齢もするし病気や怪我もする。おまけにひとたび実体を持てば〈フィクション〉の影響を受けることはなく自ら思考し行動する。人間と異なるのは、生殖能力がないことくらいだった。
厄介なのは、〈ペン〉は意図して〈フィクション〉を生み出せるわけではないということだ。今まで確認されているケースは全て、突然傍らに現れる〈フィクション〉の存在によって〈ペン〉は自らが〈ペン〉であることを自覚している。どんな〈フィクション〉をどのタイミングで生み出すかは誰にも選べない。
〈フィクション〉はみな、子が親を思うように〈ペン〉を慕い、中にはそれが単なる敬慕を超えて恋情に至ることもあった。生み出した側である〈ペン〉がその思いを受け入れれば晴れて二人は恋人同士になる。最初の〈ペン〉と〈フィクション〉である小説家のように、互いを最高の理解者として生涯をともにすることもあったが、〈ペン〉がすでに家庭やパートナーをもっていることだってある。そういった場合には、〈フィクション〉は〈ペン〉の人生にとって厄介者となることも珍しくなかった。
〈フィクション〉が現れ始めた黎明期はまだよかった。人類はこの不思議な存在を好奇と憧憬そして畏怖の目で見つめ、遠い絵空事のようなものでしかなかったし、彼らは生みの親たる〈ペン〉の庇護を受けていることがほとんどだった。
けれど、次第にその存在が増えてくるに従って〈ペン〉の庇護を受けられない〈フィクション〉が散見されるようになる。そこで、彼らを社会に組み込む必要が出来てきた。〈ペン〉は社会的影響力の強い人間が多かったので、〈フィクション〉にまつわる制度設計も迅速に構築され、先進国の多くでは〈フィクション〉も人間で言う戸籍的なものを取得することが義務化された。そして、〈ペン〉の庇護を受けられなかった〈フィクション〉はしかるべき機関の援助を受けて独立して生きていくことになった。大企業は積極的にその登用を宣言し、〈フィクション〉の権利を守ろうと活動している支援団体は不当な差別があれば非難の声を挙げるようになっていった。
でも、法的にはあくまで〈フィクション〉は〈ペン〉の所有物、人間扱いはされない。〈フィクション〉であることを上手に隠して人として生きる選択肢もあるが、多くは厳しい末路を迎えることになった。人間と違わぬ肉体を持ちその外見は多くの場合美しく、人権がない。そういった存在がどんな扱いを受けるかというのは言わなくてもわかる。それゆえに、〈フィクション〉の最も典型的な幸せは、〈ペン〉に愛されパートナーとして生きることだといわれている。
「あなたは間違いなく私が作り上げた。小説家、藤倉めぐみがね」
彼、久慈タツルは私が執筆したSFシリーズの主人公だった。デビュー作でもあり、そこから連なるシリーズを20代前半から10年以上かけて書き上げて、国内外で大ヒットした。生まれながらに異能の力を授かったタツルが強大な敵と戦うストーリーはタイムパラドクスを扱うものでもあり、あまりわかりやすいものではなかった。最初はSF好きの好事家を中心に受け入れられていたものが、巨匠と呼ばれるイラストレーターの挿絵を得たことで風向きが一変した。タツルは強く美しく、そして若干の陰鬱さを帯びた容姿を手にしたことで多くの読者を獲得することになったのだ。
<フィクション>は<ペン>が思い描いた通りになるから、理論的にはどんな能力だってもてるはずだ。しかし、確認されているケースでは人知を超えた力や突飛な能力、異端の肉体を持った<フィクション>は存在しない。私の<フィクション>も同様だった。私の前に現れた彼はシリーズ終盤の40代、経験を重ねて知略には長けているものの異能の力は失い、体力的にも陰りを見せ始めた姿だった。
「〈フィクション〉の幸せってなんなんだろうね。〈ペン〉に愛されるのが最良って言われてるけど、本当にそうかなあ。ヒトから見た、身勝手な決めつけじゃない?」
いきなり出す話題でもなかったが、ちょうど頭にその疑問が浮かんでしまったのだから仕方がない。〈フィクション〉である彼はなんて答えるのかと顔を向けたけれど、彼の口から出た言葉は私の問いへの答えではなかった。
「今日は祭りなのか?」
ひっきりなしに目の前を行く、提灯を持った人々をその視線は追っている。
「そう見えるでしょ、でもただの祭りじゃない。彼らはね、自分たちの先祖の墓参りに行くところなんだって」
A県の南、限られた地域でのみ引き継がれている変わった風習は、以前編集者から聞いたものだ。就職のときに地元から上京したという若い編集者と打ち合わせの合間に雑談していると、彼女は不思議な質問をしてきた。
「お盆も近い時期ですけど、東京にはスーパーはもちろんホームセンターでも可愛い提灯って売ってないんですね。こっちだと、お墓参りに行く人はどうしてるんですか?」
その疑問に面食らった私は逆に彼女を質問攻めにして、その出身地域の習わしを知ることになった。そこではお盆の最初の夜に、可愛らしい提灯を手に家族揃って墓参りに行くというのだった。墓地までの道には屋台が立ち並び、子どもたちは浴衣を着て華やかに先祖を迎えに行くという。彼女もさすがに全ての地域でそういった習慣があるとは思っていなかったものの、寺院の近くでこの時期に催される祭りは墓参りを伴うものだと思い込んでいたらしい。
「東京では夜に墓参りに行くことはないって話したらとても驚いて。でね、この話の興味深いところは、迎えに行くときは盛大なのに、先祖を送り返すときは何もしないんだって。きっとこの習わしの始まりは、どうしても冥界から連れ戻したい誰かがいて、そのまま帰らないで欲しいという願いなんだろうなって思った」
私たちの前を、へこ帯を揺らしながら女の子が走って行く。慣れない下駄で躓いて転びそうになったのを見て、一瞬だけれど彼の瞳が揺れたのを私はただ見上げていた。
「その編集者から聞いた話はそれだけじゃなくて。彼女ね、子どもの頃に変わった体験をしたんだって」
彼女は7歳の春に家の近くで交通事故に遭い、それから少しの間の記憶が無いのだという。でも、しばらくするとすっかり元気になり外も出歩けるようになった。
ただ、不思議なことが起きた。一人で外を歩いていると、見知らぬ人からしょっちゅうお菓子やらおもちゃやらをもらうのだ。あるときなど、気がついたらポケットにキャンディが詰め込まれていたこともあった。でも彼女は両親から「知らない人から何かもらってはいけません」と言い聞かされていたため、何一つ受け取ることはなかったし、キャンディはすぐ母親に渡した。そのうちにその現象はなくなったらしいのだが、大人になって彼女は気付いた。あれはもしかして、『お供え』されていたのではないかと。
交通事故で彼女は命を落として墓地に埋葬された。でも新盆に両親が彼女を墓まで迎えに来て、夏の間を人でも死者でもない存在として過ごすことになった。彼女は自分が人ならざる者であることに気付いていなかったから、事故現場に供えられるお菓子やらおもちゃやらを『もらったもの』と思い込んでいたけれど、一度でもその『お供え』を自分のものとして受け取ってしまえば、死者に戻ってしまったのではないか。受け取らなかったために彼女は人に戻ることが出来た……、ここはそういう不思議なことが起こる土地なのではないか。
「彼女がそう信じているだけだけどね。でも、それを聞いて私はこの場所に興味を持って、ぜひその墓参りをこの目で見てみたいと思った。この幻想的な光景を見てると、ここは生者と死者の境目が曖昧な場所、それを実感できた。来てよかった……」
あなたにも会えたし、という言葉を飲み込んでふと前を見ると、さっき転びそうになったへこ帯の少女がまた私たちの前を通り過ぎようとしていた。墓参りを済ませて、あちこちの露店をまわって縁日を楽しんでいるところなのかもしれない。
「あの女の子、ちょっとあなたの娘に似てるよね」
意志の強そうな眉、はっきりした目鼻立ちをしているけれど、その瞳は優しげに輝いている。ずっと周囲を観察するために使われていた彼のまなざしが、その言葉に反応するように私の方に向けられた。
「なぜあなたたち親子の物語をあんな風にしたのかって、私のことを恨まないの?」
私が書いた彼らの話の結末は、タツルが娘のナナセを守ろうとして、結局彼も娘も命を落として終わるのだ。
〈フィクション〉は自分が〈フィクション〉だとわかって生まれてくる。自らの創造主である〈ペン〉を無条件に愛し信頼して。
「あなたもほかの〈フィクション〉同様に、私のことを慕ってくれたよね。でも私はあなたのことは、何よりも妻子を愛しているというように描いた。私は自分の作品には絶対の自信を持ってる。だから、あなたが私のことを誰よりも愛しているというのであれば、それは作家としての私の敗北だと思う。……ねえ、あなたは誰を愛してる?」
ずっと聞いてみたかったことだった。だが彼がその質問に答えようとするより前に、私は視線を彼ではなく目の前の女の子に向けざるを得なくなった。一度は通り過ぎたと思ったへこ帯の少女が笑顔で駆け寄ってきたのだ。
一瞬警戒したけれど、私もタツルも40代半ば、少女から見たら私たちは普通の夫婦のように見えるかもしれない。私たちの前に立った少女は彼の方に向けて手を差し出してきた。よく見ると、その手には花が握られている。
「あっちで咲いていたお花。きれいでしょう? これ、あげる」
名前はわからなかったが、生花店で売り物になるようなタイプの花ではなかった。道ばたに咲いていそうな儚い花、でも花弁がきれいに開いているのが夜店の灯りからもわかる。青みがかった紫の花びらは美しく、思わずその色に見とれてしまったために反応が遅れた。止めなくては、そう思ったときには彼は屈んで彼女に向かって手を伸ばしていた。
「ありがとう」
少しだけ微笑んで彼はその花を受け取る。ダメだ、それを受け取ってはいけない、そう思ったけれど遅かった。
でもそんなことを思ったのは一瞬で、ああそうだよなと不思議と納得している自分に気付いた。これ以外の結末はなかっただろう。彼は花を自分の顔に近づけてまじまじと見つめる。瞳に花を映したまま女の子に笑顔を向けようとしたところで、現れたときと同じように彼はただ静かに消えていった。
女の子は目を見開いて私を見て、それからさっきまで彼が立っていた、いまは何もない空白の場所に視線を戻すと驚いた表情のまま後ろを振り返った。そして「ママ!」と小さく声を上げて母親らしき女性の元に走って行った。
私は大学卒業とほぼ時期を同じくして作家としてデビューした。久慈タツルを主人公とした小説は10代の頃から構想を重ねてきたもので、私はこの作品を必ず世に出すと決意していた。けれど希望にあふれていたのは最初だけで、すぐに「売れない」という事実を突きつけられることになった。練りに練った構成、異能の力による戦闘の描写も緻密に紡ぎ上げた。読者が少しでも矛盾を感じて現実に立ち返ることのないよう細部まで気を配って、大人の鑑賞に堪えるものを作り上げたと思った。でも凝りすぎた設定はなかなか広い読者を獲得することはできず、私は次第に追い詰められていった。
それが一変したのは、ある高名なイラストレーターが私の作品のファンだと公言してくれたことだった。私の作品を読んで惚れ込んだというそのイラストレーターは、無名の作家だった私の作品に挿絵を提供し、それをきっかけに私の評価は様変わりした。国内はもちろん翻訳版が海外で出版されて、売れっ子作家の仲間入りをした。キャッチーなイラストがついたことで耳目を集めたからか、もしかしたら自分でも気づかないうちに私の文章自体にも影響を受けたのかはわからない。いや、きっと両方だ、イラストのおかげで確実に私の久慈タツルへの理解は深まった。いずれにせよ、イラストがつく前とついた後では世界が一変した。
でも私はもともとは、そのイラストレーター松島ユウリからの申し出は断ろうと思っていたのだ。松島ユウリの作品は国内外で高く評価されており、本来ならありがたく受けるべき話だ。だが、なまじ力のある目上の創作者と仕事をすると、私の作品が異なる解釈で描かれた場合でも拒否しづらくなる。それだけは困ると編集者に伝えたが、最終的には「面会だけでもするように」と説得されてしまった。それで、出版社の会議室で最初の対面の機会が設けられることになった。
私の前に現れたユウリ先生は、キャリアも年齢も私よりずっと上だったが全く偉ぶることがなかった。なおかつ、私の作品のどこに惹かれているかを目の前でとうとうと語り出した。最初はお世辞というか社会的儀礼として賛辞を述べているのかと思いきや、「今日会えると聞いて、藤倉さんの作品の魅力を伝えるために資料を作ってきました」と言い出して、持参したタブレットにパワーポイントを表示すると、評価すべきポイントを挙げてその裏付けを語り続けた。最初は唖然としていた編集者たちも、10分経過する頃には先生と私の顔とを交互に眺め、意味ありげに唸ったり相づちを打ったりし始めた。私はどんな顔をして良いのかわからず、目を白黒させながら先生の顔を見つめていた。
いまならわかる、先生は私に伝えたいというより、同席した編集者に向けて売り込み活動をしてくれたのだ。デビューしたのはいいものの、なかなか芽の出ない私の存在感は低下していた。それを、実績ある先生が賞賛することで再評価の機会を与えようとしてくれていたのだ。
私は先生に出会うまで、自分は恋愛というものを必要としない人間なんだと思っていた。没頭できる仕事、あとは読書や映画鑑賞と言った趣味があれば十分過ぎるほどだし、むしろそれ以外に割けるリソースなんてないと思っていた。もちろん恋愛をテーマにした作品を楽しむことはあるし、友人との雑談で恋愛にまつわる話を聞いて、その恋が成就したと聞けば心から祝福した。でもそれは自分とは縁がない世界の話だと思っていたところがある。だって、20代半ばになるまで自分以外の誰かを思って心が震えたり、その人のことしか考えられなくなったりすることはなかったから。私は私にしか理解できず、私以上に自分を満足させられる人間などいやしない。
でも先生と初めて会って話して、こんなにも自分の考えを汲み取ってもらえる人間がいるのかと驚いた。作品の構想にしろ、社会に対する考え方にしろ、私がひとこと言えばそれを的確に理解してくれる。逆に先生の行動や発言は私にとってどれも輝いて見えて、一字一句漏らさず保存したいと思った。先生がいれば、私の作品はもっと優れた物になるという確信があった。先生も「藤倉さんの存在は自分にとって新鮮で刺激になる」と言ってくれたのを心のよりどころにして、仕事の打ち合わせを理由に頻繁に連絡を取り、先生もそれを拒むことはなかった。
恋という言葉なんかでくくったらもったいない、でも最も近い言葉で表現しようとしたらそれなのだろう。私にとって先生は唯一無二で、おそらく先生にとってもそうだったと思う。別々の肉体を持つ、親子でも兄弟でもない人間にも関わらず、生まれてくる前にお互い何かを分かち合ったのではないかとすら思った。
でも私はそれを先生に伝えることは決してなかったし、もちろん先生もそうだ。当時20代半ばだった私とそのときすでに50歳を過ぎていたユウリ先生。そして先生には長年連れ添った配偶者がいた。
社会的な制約に拘るような性質は持ち合わせていないと思っていたけれど、こんな私でも殊勝にも、先生のキャリアに傷をつけたり迷惑をかけるようなことだけはしたくなかった。
それでも、私たちは仕事上のパートナーとして10年以上ともに歩み続けた。仕事上の必要性があるのだから、憚ることなくともに食事をしたり取材にいったりと、常に堂々と振る舞っていた。先生は口にする一杯のコーヒーからも、それをきっかけに知識や経験を私に伝えようとしてくれたし、私も自分なりの解釈を提示することで先生に目新しさを提供し、お互いが“受け取った分だけ相手に別のものを返す”という関係を構築できていたと思う。人は差し出すだけでも受け取るだけでも満足できない。
私は先生に対して、必要以上に距離を詰めすぎないよう細心の注意を払うようになった。やり方は簡単だ、私たちの関係性はあくまで仕事上の関係が前提だということを常に念頭に置くこと。連絡を取るのも、話すことも、すべて仕事に結びつける。例えば、一緒に観た映画が思いのほか駄作で、鑑賞後にダメな点を言い合ったとき。先生が歯に衣着せず製作者の悪口を言い続けるのをなだめながら、先生が私に心許しているということを嬉しく思い、でもその批判点も、先生の口調も、そのときの周囲の景色も、全部自分の作品作りの参考にしようと必死でインプットし続けた。
その甲斐あってか私は作家としての実績を順調に積んでいったが、一方でそのキャリアと先生との関係は不可分のもののように感じられた。私は自分の作品に絶対の自信を持っている。でもそれと裏腹に、もし先生との関係を絶ったら私の作品を誰も読んでくれなくなるのではないかという恐怖を抱えるようになっていた。考えたくはなかったけれど、私の先生への執着は、本人への愛着だけでなく、自分の作品を永続させることへの固執も過分に含まれるようになっていったのだった。
先生との関係は常に良好だったし、関係者からも読者からもできるだけ二人で長くシリーズを続けて欲しいという要望を受け取っていた。でも私は当初の構想から、タツルは40代半ばで異能の力を失って命を落とすと決めており、私はその通りに物語を終わらせた。
そして私は、同時に先生との関係も踏ん切りをつけることに決めた。
先生とともに仕事をするのはこれで最後にすると。
先生への思慕の感情がなくなったからではない、そんなことじゃなくて、次の作品には先生なしの方が良い物が作れると思ったからだった。次に構想していた作品に先生のエッセンスは必要ないと判断した。先生なしには創作できなくなりそうな自分が怖かったし、それ以上に、先生への愛着と作品の人気への固執を取り違えそうになるのも嫌だった。だから断ち切ることにした。
大切なのは藤倉めぐみの作品であって、私自身の感情なんかじゃない。そのために利用できるものはすべて使う、自分自身の恋愛感情だって罪悪感だって、すべて糧にする。先生は私の選択に微笑んで「ありがとう」と答えて、それで私たちは終わった。私は30代半ば、先生も還暦を過ぎていた。それ以来連絡を取ってはいない。
先生なしには私の作品は誰にも読まれないのではないかという不安が無かったと言ったら嘘になる。それでも結果として私の小説は売れ続けた。喜ぶべきことなのに、私の精神状態は非常に不安定だった。私の作品は先生の力なしでも読まれる価値のあるものと証明されたというのに、なぜか心は沈んでいった。私の作品は私だけで成立するということが圧倒的な孤独感として迫ってきたのだ。誰も私と視点を共有する人はいない、同じ場所から世界を見ている人はいないのだという当たり前のことを実感したからだった。
そんなときだった、タツルが〈フィクション〉として私の前に姿を現したのは。私が作り上げ、先生が外見を与えたタツル。それが私と同じ空間で息をして生活するということに最初は戸惑ったけれど、そんなのは最初のうちだけだった。〈フィクション〉として無条件に私を慕うタツル。より良い作品を生み出すことが全てだなんて偉そうなことを言っておきながら、私は結局自分をただ受け入れてくれる人が欲しかったのだ。〈ペン〉と〈フィクション〉が恋愛関係になることは割とあるらしく、それを聞いても「自分が生みだした人格に恋しても面白みにかけるだろう、ずいぶんと自己愛が強いんだな」なんてあざ笑っていたというのに、私もその類型のひとつとなってしまった。
私は作品の中で、タツルも娘も死ぬ運命を描いていた。そのことについてはタツルを目の前にすると引け目みたいなものがあった。作品の完成度には自信をもっているけれど、彼はそんな結末を背負わせた創造主たる私を恨んでいるかも知れない、それなのに〈フィクション〉の宿命としてどうしても私を慕ってしまう彼が悲しくて、そして愛おしくなってしまった。
それまで恋情をもつ相手と一つ屋根の下に暮らしたことなどなかった。でも、彼は所詮ヒトではないと思えば過剰な期待をすることもないし裏切られることもない。実際、彼は何が出来るわけでもないのだ。ただそこにいるだけの存在。作品の終盤、40代の姿を持って生まれてきた彼はもう使命を果たした後で、私との時間は彼にとっても余生みたいなものだったのだろう。いろんなものをあきらめて、ただ創造主たる私を穏やかに慕う。
もっと若い年齢の彼として現れていたらどうだっただろうか。彼は一見、自分の感情を表に出さないタイプに見えるのだけれど、親しい間柄の人間に対しては思っていることをはっきり口にするし、相手にも遠慮なく踏み込んでくる。生まれ持っての特殊能力があり、自分に自信を持っているので一度決めたことであれば強引なくらいに自分の意思を貫いていく。その姿は人間として魅力的ではあるかもしれないけれど、尊大とも言えるものだっただろう。
でも、私と共に暮らした彼はそうではなかった。たとえば一緒に外に散歩に行ったとき。後ろからよそ見をしながら走ってきたランニング中の男性がぶつかってきて、私が転んでしまったことがあった。男性は黙って立ち去って行ってしまい、膝をついたままの私は唖然と見送るしかなかった。若い時代の彼であれば何よりもまずその男性を追いかけて、無理矢理にでも私の前に連れてきて謝罪を求めたかもしれない。でも実際の彼は男性を追うよりも転んだ私を労ることを優先させる。怪我はないかと尋ねて手を貸して私を立たせて、それからちょっと待っているようにと声を掛ける。私が「追わなくていいよ」と言えば、穏やかに微笑んで私の服についた埃を払ってくれる、ともに過ごすのであれば、求めるのはこういう姿だった。
「おはよう」の挨拶を交わして一緒に食事をしてともに床に就く。私が気になっているテーマについて気まぐれに議論をふればきちんと彼なりの知見をもって応じ、新たな観点も提示してくれる。そのことにとても満たされていたし、私よりも頑強な肉体を持つ男が私だけを慕って優しく触れてくる、そこから得られる安心感も手放したくなかった、たとえそれが空虚なものだとしても。これはユウリ先生との間では決して得られなかったものだった。穏やかで、ただ満たされる日々が続く。
一方で、考えないようにしていたことがあった。それは、タツルから愛情を注がれるほどにそれが私の生み出したタツル像とは乖離していくということだった。私の生み出したタツルは、本来は傲慢なまでに自分に自信を持っていて、創造主を愛したりしないし、愛されようとも思ったりしないのではないはずなのだ。むしろ自分に過酷な運命を背負わせた創造主を憎みさえするのではないだろうか。私が書き上げたタツルはそういう人間のはずだった。そうであれば、私の前にいる彼は何者なのか。彼は本当には何を考えているのか、何を望んでいるのか、それを知りたかった。
けれど3年前のことだ、私がその疑問を突きつける前に彼はこの世界でもその命を終えてしまった。矛盾を感じながら放っておくのは私らしくない、もう一度彼に会って、彼はどう考えているのか聞いてみたかった。それで今日ここにやってきたのだ。生と死のあわいであるこの場所で、そしてお盆の初日の夜なら、彼を呼び出せるのではないかと思った。その私の企みは成功したけれど、彼は『お供え』を受け取ってしまった。花を差し出したへこ帯の少女は、タツルを死者、ましてや〈フィクション〉と見破ったというわけではないかもしれない。でもあの花、あれはお供えとして扱われた。編集者が話してくれたエピソードで、幼い日の彼女が決して自分のものにはしなかったお菓子やおもちゃ。それに代わるものが花だったのだ。「ありがとう」の言葉とともに少女から花を受け取ったタツルがこちら側に戻ってくることは、おそらくもうないのだろう。
走り去った少女にうっかり視線を送ってしまっていて、はっと我に返った。
女の子が母親に、私のいる方を指さして見せる。いま起きた不思議な現象を話して聞かせたのかもしれない。花を差し出し、受け取られた直後におじちゃんが消えたのだと。母親の視線がゆっくりとこちらへ投げかけられる。私が暗がりに立っているからよく見えなかったのだろう、続けて一歩、二歩と少しずつ近づいてくる。ああまずい、そこまで近づかれるともう私の顔がわかるかもしれない。
はっきりと母親と目が合った。そしてその表情は驚きと少しの恐怖に満たされ、「藤倉めぐみ!」と叫んだ。聞こえる範囲にいる人間全ての視線が私の方へと集まる。いけない、逃げなければ。
「めぐ! こっち!」
若い女の声が私を呼んだ。路地の奥、10メートルほど離れた薄明かりの中に見慣れたクルマが停まっている。私はへこ帯の少女、タツルの娘に似た女の子の姿を最後に一瞬視界におさめると、踵を返してクルマの方へ向かって走り出した。
〈ペン〉と〈フィクション〉は世界の人口比で言えば0.001%にも満たない。だから、普通の人間には関わりの無い存在と言ってもよかった。事象として存在しても多くの人にとっては無関係なものとして扱われていた。
それが3年前、事情が変わった。ある紛争地域でのこと、その場所で生きる〈ペン〉が生み出した〈フィクション〉が優秀な殺人者としての性質・能力を備えていたのだ。〈ペン〉が目指したのはおそらくは平和だった、少なくとも最初の動機はそうだったはずだ。自らの手で紛争を終わらせて平和をもたらそうとした。そのために、まずは自分がいる地域を制圧し権力と武力を掌握することをもくろんだ。無条件で〈ペン〉を愛する〈フィクション〉はその願望を忠実に叶えていった。
長引く紛争に終止符を打ってくれる期待を込めて、民衆は彼らの登場を熱を持って歓迎した。ネット上でも世界中でダークヒーローのようにもてはやされていたと思う、実際私もそういう声をよく聞いた。彼らは崇拝され、支援組織までが現れた。そしてついに彼らは地位も兵力も手中に収めることになったのだった。
そうなると今度は紛争地域とは無関係の安全な場所から、彼らの行為は武力による国家転覆そのものだとして批難されるようになった。そして世界中の権力者たちから危険視された、彼らは紛争地域の掌握にとどまらず、国際的勢力均衡を崩すための火種になりかねないと。
支援者はその時点ではまだ多く存在したし、彼らこそが世界に平和をもたらしてくれると信じる余地があった。けれど世界中の為政者たちから敵視されたことで彼らは少しずつ変質していく。やがて彼らはほかの〈ペン〉と〈フィクション〉を狙い始めた。まるで世界中で〈ペン〉と〈フィクション〉は彼らだけで十分だとでも言うように。
私とタツルも例外ではなかった。特にタツルは私の書いた小説の中では強大な敵と戦い世界を救う能力者なのだ、彼らが最優先で警戒する相手であってもおかしくない。〈フィクション〉としてのタツルは実際には特別な能力は持たずに誕生したけれど、彼らにしてみれば安心できる材料にはならなかったのだろう。私たちは執拗に狙われ続けることになり、結果としてタツルは私を守って命を落とした。
その後、次第に支援者も失い追い詰められていった彼らはとある貧困地域に潜伏中あっけなく捕縛された。〈フィクション〉は処刑され、〈ペン〉は裁判を待たず精神的な錯乱を理由に薬漬けにされ自我を失っていると聞いている。彼らが平和をもたらしたかったであろう紛争地域は指導者を失い状況はむしろ悪化、いまだ多くの犠牲者を出し続けているし、今日も世界中で新たな虐殺が起きている。それでも巨悪と見做された〈ペン〉と〈フィクション〉の驚異を免れたことで、まるで世界に平和が訪れたかのようにめでたしめでたしと語られるようになった。
しかし、話はそれで終わらなかった。人類は〈フィクション〉の恐ろしさに気付いてしまった。世界中の多くの国の立法府と行政府が動き、それ以来、〈ペン〉と〈フィクション〉は発見され次第国家権力の管理下に置かれることになった。その動きはあらゆる国に波及していき、いまや規制されていない国を探す方が難しいくらいだ。もちろん〈フィクション〉の保護団体だって今も活動を続けている、それがなかったらすでにすべての〈フィクション〉は拘束されるか最悪抹殺されることになったかもしれない。
さらに世界は新たな〈フィクション〉の誕生を危険視するようになり、過度に暴力的だったり過激な表現を伴ったりする創作物は規制が強化されるようになった。いつ誰が〈ペン〉としての能力を発揮して〈フィクション〉を誕生させるかわからないのだ。凶悪だったり、特別な能力を持っていたりするキャラクターなど最初から生み出さなければいい、そういう発想らしい。私はそんな規制は悪影響でしかない、人の想像力を止めることはできないとさまざまな場所で訴えてはみたが無駄だった。タツルの創造主である私にも警戒の目を向けられて、”小説家 藤倉めぐみ”は自由に作品を書くことが出来なくなった。
それは私にとって最も許しがたいことだ。作品を人に読んでもらえないことも、私の書きたいものを書くことができないのも、死ぬよりも辛いことだった。
だから私は逃げ出した。幸福なことに、法を犯してでも私の書いたものを読みたいと言ってくれる読者は世界中に存在した。信頼できる支援団体を通じて私の作品は秘密裏に流通し、私は追われる身となりながら転々と移動しつつ執筆活動を続けることになったのだ。
不便なことは多いけれど結構刺激的で楽しいし、ネタにも困ることがない。むしろ一カ所にとどまってパートナーと仲睦まじく地に足の着いた生活をする、その方が私らしくなかったと思えるほどだ。健康状態に問題がないから可能な暮らしではあるが、いくつかの拠点を転々としながら気の赴くままに生きる方がずっと性に合っている。
少し前にユウリ先生の訃報を聞いた。病を得て、あっという間だったらしい。こんな身の上だから弔いに参加することは出来なかったけれど、そうでなかったとしても我が身の不義理を思えば平然と葬儀に顔を出すなんてできるわけもない。遠く離れた場所で一人きり先生の冥福を祈った。私にはこれがふさわしい。
「A県を脱出すればなんとかなるよ! 早く出発しよ」
私がクルマのドアを開けると、運転席に座っている若い女が、テーマパークのアトラクションにでも乗るように楽しげに言う。
「まず席を代わって。私が運転するから」
「え~……」
彼女は口を尖らせながらも素直に席を代わったので、入れ替わりに私がハンドルを握る。彼女は少し前に現れた私の〈フィクション〉、久慈ナナセ。タツルの娘だ。大抵の〈ペン〉にとって〈フィクション〉は生涯たった一人なのに、私には例外的に二体目の〈フィクション〉が現れた。少なくともほかにこういった事例は聞いたことがない。その意味でも逃げ回っているときでよかった、あやうく実験体や監視対象にされてしまうところだった。
「せっかく会いに行ったのに消えちゃって残念だったね。でもさぁ、やっぱりタツルは世界を敵に回してめぐのために戦うなんてことはしないよ。正義の人だからね」
助手席に座るナナセが手を頭の後ろに回して長い脚を組み替えながら言う。シートベルトを締めようとしないので肘でつついてやると、忘れてたとでも言うように大げさな身振りで笑いながら着用した。
「私は別にタツルを逃亡生活の用心棒にしようと思ったわけじゃないよ、そうじゃなくて偶然この時期に例の風習を思い出したから、会えるものなら聞いてみたいことがあると思って立ち寄っただけだよ。ていうかあんたは会わなくて良かったの? 自分の父親でしょ」
もしかしたらタツルに会えるかもしれない、その話は何度もナナセにしたし、クルマから降りて一緒に行くよう誘ってもみたのだった。それなのにナナセは「私はいいよ、久しぶりなんだし二人きりで会いなよ」と頑なだった。
「まあ確かに親子なんだけどさ、それはあくまでめぐの書いた作品の、作中でのことだからねえ。いまとなっては単なる〈フィクション〉同士よ。遠目に見れれば十分。〈ペン〉のめぐみ、というかヒトにはわからない感情かもしれないけどね。それより、愛し合う二人の邪魔したくないって言うか。ほんとめぐってタツルのこと好きなんだね。聞いたことないよ〈フィクション〉の幽霊に会いに行くなんて」
ランドマークになるようなものは全くない一車線の道路を延々と走っている。平坦な道の両側にはぽつりぽつりとチェーンのファミレスやドラッグストアがあるだけだ。クルマも少なく、反対車線は長距離トラックがたまに走り抜けていく。バックミラーを見ても追っ手が来る様子はないので、少し速度を落とした。
恋愛感情を高ぶらせて思いあまって幽霊すらも追い求めているみたいに言われるのは釈然としない。そうじゃなくて、私はこの地域の風習をこの目で見て体験してみたかったんだと反論しようと思ったが「ハイハイ」と受け流されるのが目に見えている。言葉を飲み込んで代わりに嘆息すると私は改めて横に座る少女に視線を向けた。彫りの深い顔立ちに、二つ並んだ大きな目が興味深そうに私を見つめている。さっきのへこ帯の少女が脳裏をよぎる。
「それでさ、めぐはタツルに聞きたいことっていうのは聞けたの?」
さっきまでとは違い、茶化すような意図はなく真剣な声だった。
「そうね、思った以上に彼はすぐに行ってしまったから、はっきりと聞けたわけではないけど、答えは出たよ。私の作品は完璧だっていうことを確信できた。来て良かったよ」
タツルは私の目の前で、ナナセによく似た少女から『お供え』の花を受け取った。ひとかけらの迷いもなく。それを見て私は長年胸につかえていたものがフッと消えた気がした。
「ていうかさ、もっと若いときのタツルを〈フィクション〉として生み出せばよかったのにね。そしたらめぐにとっていろいろ都合が良かったんじゃない?」
「知ってるくせに。〈フィクション〉を生み出すタイミングは選べないって。あんただって、まさかそんな姿で私の前に現れるなんて思いもしなかった」
ナナセは私の書いた物語の中では6歳でタツルと共に死ぬ。でも一度だけ、先生が「もしナナセが18歳まで生きたとしたらこんな感じだと思う」と言ってイラストを私の目の前で描き上げたことがあった。ナナセはその姿で現れた。
「普通一人の〈ペン〉に〈フィクション〉は一体。私にだけ二体目の〈フィクション〉が現れたなんて知れたらますますまずいことになるんだから、お願いだからあんたは見つからないように大人しくしててよ」
私が捕まるとしてもナナセと一緒の時は避けたかった。ナナセの存在はまだ公にはなっておらず、私は一人で逃亡生活を送っていると思われているはずだ。私を支援してくれている団体を信頼していないわけではないけれど、どこから情報が漏れるかもわからない、ナナセのことは伏せてあった。もし私が拘束されてナナセだけが残された場合、彼女が当面の生活費が確保できるよう打ち合わせはしてあった。私がいなくても最低限生きていけるように、それだけを常に考えている。
「……二体目じゃないよ」
独り言のようなナナセの言葉の意味が最初はわからなかった。一人、二人ではなく、一体、二体と数えたのが気に入らなかったのだろうかと的外れなことを考える。
「私は〈ペン〉にとって唯一無二の〈フィクション〉だよ」
「どういうこと? 私の〈フィクション〉はすでにタツルがいるでしょ」
「だって私はめぐの〈フィクション〉じゃないもん」
そんなはずはない、だって“ナナセ”というキャラクターを生みだしたのは私なのだから……そう言おうとした瞬間に気付いた。
「先生ね? ナナセの〈ペン〉は先生。そういうこと?」
確かにナナセの“人格”を作ったのは私だけれど、外見を与えたのはユウリ先生だ。
「そうだよ。私はユウリが亡くなる5日前に病室で生まれたの。彼女はもうほとんど動けなかったけど、私がそこに存在していることに気付くと急にしゃきっとしていろんなことを話してくれた。それで、『自分が〈ペン〉で嬉しい、自分だけの宝物を最期にめぐに遺せそうでよかった、自分が死んだらあなたはめぐのところに行って彼女に寄り添い守るように』って」
私は思わず絶句して、しばらくして絞り出すようにしてナナセに問いかける。
「……今まで黙ってたのにどうしてそれを言う気になったの?」
「だってさ、実際一緒に過ごしていて、めぐはやっぱりタツルを愛してるように見えたんだもん。ユウリにとっていちばんはめぐだったのに。悔しいから黙ってるつもりだったけど、なんか今日吹っ切れたみたいだったから」
ナナセは全く悪びれる様子は無く澄ました顔で言葉を続ける。
「ユウリは若くして絵を認められたけど、結婚相手として選んだ男はサイテーなヤツで、彼女はずっと夫からぞんざいに扱われてた。おまえの描く絵なんて誰でも描ける、大したことのないものだけど、おれがいるから評価されているんだとか言われて。夫は画商として名を成していて絵の世界ではとても影響力が大きかったたら、別れたら仕事を干されるんじゃ無いかと思って踏ん切りがつかなかったって。その話はめぐも知ってるでしょ?」
私は小さく頷く。最近先生の作品を知ったファンは、名前や作風から、松島ユウリが男性だと思い込んでいた人も多いらしい。私もかつて面会する段になって女性と知り、自分の決めつけを恥じた。結果として性別も年齢も超えて心から惹かれあったのだけれど。
先生は若くして才能を開花させた女性で、しかしいくら天賦の才があると言っても、なんの後ろ盾もない女が自分の腕一本でやっていくのが大変だったことは想像に難くない。打算がすべてだったわけではないだろうけれど、事実としてユウリ先生は自分よりも力のある男を夫にすることを選んだ。ただその結果として、先生の作品の価値は誰しもが認めるものだったのにもかかわらず、自らに飛躍のチャンスを与えたのは夫なのかもしれないという思いが引け目となって先生をずっと縛り続けた。
「ユウリは自分の仕事に関しては満足してたけど、人格的に尊敬できない夫と連れ添ったまま気がついたら50歳を過ぎてて、でもそんなときめぐの作品と出会った。めぐはまだ若いのに、絶対的な自分の世界観を持っていて、それを必ず世に出すという強い決意が作品にも表れてた。作品としての完成度の高さ、そしてそこから透けて見えるめぐの信念にユウリは心奪われて、『私はこの人を世に出すために生まれてきた』って思ったんだって。自分にはない強さに憧れたのかも知れないって。一緒に仕事が出来た時間はユウリにとって人生でいちばん幸せな10年間だった、感謝してもしきれないって言ってたよ」
「感謝するのは私の方で……そんな……それなのに私は自分の一方的な思いで先生との関係を」
タツルの物語の構想はあらかじめ先生に告げていた。だから終わりが来ることは先生もわかっていただろう。でも、先生が愛着を持ってくれていることをわかっていながら関係を断ったのは私のわがままだ。これだけ恩恵を受けておきながら、自分の足で立てなくなることが怖くなって先生をはねのけた。
「いいんだよ、そういうめぐの強さとか、信念を貫くところにユウリは憧れてたんだと思う。親子ほどに年は離れているけど、母から娘に対するような気持ちとはまた違って、……なんていうか眩しい存在だったんじゃないかな。この人のためなら何でもできる、自分の持っているものを全部あげてもいい、めぐにあげることのできるものを持っている自分が誇らしかったって」
道路標識を見ると、道は国道に入ったようだった。さっきよりも街灯の数とロードサイドの店は少し増えたものの、対向車線を走るクルマはほとんどない。光が差し込む暗い海の底でも走っているような気分だ。夜の海をたった一匹で泳ぎ続ける深海魚。今このときだけはこの海すべてを自分のものとして自由に泳ぎ回る。ほのかな明かり以外には何もないけれど、その代わり誰に邪魔されることもなく好きな場所へ行くことが出来る。
「めぐと一緒にいると自分も強くなれるような気がして、夫と別れようって何千回考えたかわからないけど、でもどうしても一歩踏み出すことができなくてめぐに対して恥ずかしかったとも言ってた。夫の気分を害して嫌がらせをされたらどうしよう、自分はともかくそれにめぐまで巻き込んだらどうしようって、結局すべて自分の弱さなのにねって言ってたよ」
違う、それを弱さというのなら私だってそうだ。先生が長い間苦しんできていることはわかっていたのに、見て見ぬ振りをした。先生の手を引っ張って自由な場所に連れ出すことはせず、二人でいるときは先生の夫の存在なんてないもののように振る舞ってきた。先生からの恩恵を受け取ってきたくせに、先生が本当に求めているものもわかっていたのに、それには気付かないふりをして、それでいて自分だけはその後〈フィクション〉であるタツルを生みだして、安穏なぬるま湯の生活を送ってきた。
「ユウリはね、めぐから別れを告げられたときはもちろん悲しかったけど、それ以上にめぐのことがとっても眩しく感じられたって。決して依存しようとはしない、自分の強さも弱さもわかって行動する、さすが自分が好きになっためぐだと思って誇らしかったって。それでさ、結局ユウリも夫と別れたんだよ。時間かかったらしいけど。知ってた?」
私はまた声を出さずに頷く。先生の死のほんの少し前だ、有名人の老年離婚としてニュースになっていたのは把握している。離婚協議はだいぶ前から進められていたらしく、それがようやく成立したのだそうだ。面白おかしく先生のことをマスコミが取り上げようとしたらただじゃおかないと思ったけれど、元夫に関しては相当な高齢だし、先生だってすでに闘病中の身で、円満離婚としてただ事実だけが伝えられただけだった。私としては先生の元夫のモラハラぶりを知っていたからこれを機にもっと叩いて社会的信用を失えばいいのにくらいは思ったけれど、そういう取り上げられ方をするのも先生の望むところではないのだろう。
「ユウリね、タツルのこと嫌ってて笑っちゃった。めぐはタツルと恋に落ちて、そのこと自体は祝福しようって思ってたんだって。めぐが幸せなのがいちばんだからって。でもさ、結局タツルは先に死んじゃって、おまけにめぐは自分の好きなように作品を生み出せなくなった挙げ句の逃亡生活でしょ? 『〈ペン〉と〈フィクション〉なんて存在しなければいいのに! 一人で先に死んでしまうタツルなんて、いる意味あるの? めぐを命を賭けて一生守るのがあんたの役目でしょうが!』ってものすごい怒ってたよ」
子どもみたいなところのあるユウリ先生が無邪気に怒りを露わにするのが頭に浮かんで思わず微笑む。そうだ、先生は世間的には物静かな女性として受け取られているけれど、私の前でははっきりと喜怒哀楽を示していた。素晴らしい作品に出会うと真っ先に私に「これを見て!」「これを読んで!」「これを聴いて!」と目を輝かせて知らせてくるし、素材を生かし切れず逆に殺してしまったような作品に出会うと、「なんでこんなふうになっちゃったのよ! もっとああすればよかったのに、こうすればよかったのに!」と歯に衣着せず批判した。目を掛けているクリエーターが評価されれば自分のことのように喜んでいたし、世界中で起こる悲しい出来事、理不尽な事件に関しては声を荒げて起こり悲しんでいた。それに共感したり、ときにはなだめたりする時間が私は大好きだった。私の前では先生の素を見せてくれているということが何よりもうれしかった。
「ユウリは子どももいないし、結局自分の遺産はすべて〈フィクション〉の保護団体に遺贈することにしたんだって。それが回り回ってめぐの役にも立てるんじゃないかって。ずっとめぐの心配をしてて……私が現れたことで、めぐにナナセを遺せるって言ってすごく喜んでた。私たちの娘みたいなものでもある……って、ちょっと! めぐが泣いてたら運転危ないじゃない! やっぱ私運転しようか?」
ほんのちょっと目が潤んだだけのつもりでいたのに、気付くと涙をこぼしていた。ナナセが焦ったように言うので私は掌で思い切り顔を拭う。ダッシュボードのボックスティッシュからナナセが何枚かティッシュをつかみ取ると私の方に渡して寄越す。
「ダメだって! あんた運転免許証もないし……ていうかなんで運転だけ出来るのよ、読み書きもかけ算も怪しいくせに」
ナナセはもともと私の作品の中では6歳の人格として描いていたせいなのか、いまの姿は18歳の女性なのに漢字や四則計算はかなりあやふやなのだった。それなのになぜか車の運転だけはうまい。おまけに会話に関しては難しい言い回しをしてもすんなりと理解するし、彼女自身高度な日本語を駆使して早口で言いたいことを伝えてくる。知識や社会情勢の把握だってその辺の大人に引けを取らないくらいだ。
「えぇ? 私に聞かれても。まあユウリってそういうアンバランスなとこあったじゃん。だからかなあ」
のんきな口調で答えるナナセに私は座席の横に突っ込んである漢字ドリルを投げつける。可愛い動物のキャラクターが描かれたドリルは手足の長いすらりとしたスタイルのナナセにはあまりにもアンバランスだけれど、彼女の日課として毎日進めさせている。ナナセなら一度こなせば覚えるはずと思うのに、やる気がないのかわざとなのか、なぜかいつまで経っても出来が良くない。
「もう泣いてない! 運転は大丈夫だからあんたは漢字ドリル進めてなさいよ!」
笑いながら「はーい」と答えるナナセの声を聞きながら私はハンドルを握り直す。もしも私たちに別れのときがやってきたらナナセは〈フィクション〉であることを隠して一人で生きていかないといけないのだ。そのために私が与えられるものはなんでも与えよう。ユウリ先生がそうしてくれたみたいに。私たちの娘は賢いから、きっと自分で何とかできる力を持っているのだろうけれど、それでも。
そろそろ県境だ。次はどこを目的地にしようか、涼しい場所に向かいたい気もするけれど、ナナセに夏の海をまだ見せていないことにふと気付いた。まだこの世に誕生したばかりの彼女は見たことのないものがたくさんある。混雑する観光地の海の光景も面白がりそうだ。人の多い場所は見つかる危険も増すし、そろそろ海水浴シーズンも終わりが近づいているけれど、どこかでクルマから降りて見せてあげたい。海っていうのは季節によっても場所によっても色が違うし表情が全て異なるというのをナナセは知っているだろうか。そうだ、この夏はスイカを食べる機会は何度かあったけれど梨はまだ口にしていない。ユウリ先生は梨が大好物だった、皮を剥いた途端に甘い果汁が滴り落ちるようなのをどこかで買って一緒に食べたいなあ……。
人生は全く思ったようにならずに心を乱されてばかりだし、予想外のことばかり起こる。でも、だからこそ私には書きたいことが尽きない。今日のこの感情を私はどんな物語にしてやろうか。そんなことを考えながら暗闇に光を落としてクルマを走らせ続けた。
