老老介護のリアル #26 高森線、ぬるい風呂と高千穂線で延岡へ
◆高森駅前で撮った記念写真
今日は高森線の終着である高森で宿泊の予約を
してあったので、俺にしては珍しく駅の正面で
記念写真を撮ってから宿に向かった。
ユースホステルと旅館が一緒になっていて、
どうやら宿泊客は、もう一人リュックを担いだ
若者と二人だけの様である。
この宿の風呂が、また本当にぬるくてぬるくて
宿のご主人曰く‥
「なるべく湯を身体に掛けて流してしまわない
ように湯を大切に!」と注意されたのだった。
しかし最近この宿の事を調べてみて驚いた。
今だにというのも誠に失礼かとは思うのだが、
何と高森駅の近くの
「ユースホステル村田家旅館」さんが元気に
営業されているのだ。
2016年に起きた「熊本地震」では相当な被害
が出ていたのに、半世紀経っても変わらずに
営業を続けていらっしゃるのを知って‥
俺はホッとしたというか、嬉しかった。
宿の案内をグーグルマップで見て、相変わらず
小さな浴室でしかも温泉では無い。
ただし宿泊客が希望すれば、近くの温泉場を
紹介してくれるそうだ。
しかもなんと
「今は女将さんの評判が良いらしい!」
◆今は無き高千穂線で延岡へ
昭和48年5月20日
朝早く起きて慌てて朝食をとりカメラバッグを
担いで、走って線路の方へ向かった。
もうすぐ一番列車が高森駅に着く時間である。
このところ中国から飛んでくる黄砂現象の為、
いつもならすぐ近くに見える阿蘇山が全然
見えないのである。
「これは参ったな!」
この高森線の撮影は諦めて次の機会にしようと
鉄道は繋がっていないので、バスで高千穂へ
観光旅行とシャレ込む事にした。
天の岩戸に寄る時間は無かったが高千穂峡では
ブラブラ観光する余裕が有ったので、写真を
撮りながら歩き回ったが、例の柱状節理の様な
有名な滝が流れ落ちる渓谷が幻想的だった。
正午少し過ぎの列車で高千穂線を延岡へ行き、
そして今夜の宿泊地である宮崎へ向かった。
高千穂駅の売店でパンとジュースを買って、
昼食を済ませたが、特にメロンパンが格別に
美味しかった事を覚えている。
ただ鉄道写真は残っていない。
あの日は撮影より、旅そのものを楽しんで
いたのかもしれない。
調べてみると高千穂線は、
「宮崎県延岡市の延岡駅から宮崎県西臼杵郡
高千穂町の高千穂駅を結んでいた高千穂鉄道
の鉄道路線で、2005年の台風による被害で
運行休止となり、2008年に廃止された」と
いう事だった。
そんな貴重な鉄道路線に乗ったという記憶が
俺の中にはあまり残っていなかった。

◆宮崎の印象は南国の町
今日の宿は、宮崎の青島のすぐ近くにある
青年会館ユースホステルである。
ここのヘルパーの人で、「DOJI」という
ニックネームの人が印象に残っている。
夕食後ミーティングの時間に、お化けの話し
なんかをしてくれて結構面白かった。
男二人、女三人の宿泊だったと思うが、
沖縄での体験談が出たりして‥
話しは面白かったがその後がいけなかった。
中々眠れなくなって、どうも夜中睡眠中に
うなされてしまった様で‥
あんな話しをまともに聞くんじゃ無かった
と少々後悔した。
しかし翌朝出発する時には、気持ちよく握手
して宿を出発した。
少し時間の余裕が有ったので海岸の砂浜へ
出てみたら、すぐ右手に青島があり朝焼けの
空が素晴らしく奇麗だったな。
「宮崎へ来たんだな」と実感した朝だった。

◆国民宿舎青井岳荘に宿泊
昭和48年5月21日
今日は南宮崎駅周辺で少し撮影してから田野へ
向かう移動日である。
ここしばらくの間良い天気が続いているので、
カメラ道具一式が入ったカメラ用のバッグと
リュックを担いで歩き回るのは本当に大変だ。
暑さが身体に堪えるので休憩することにして、
明日は朝早くから移動する事にした。
朝食も食べずに朝一番の列車で田野へ向かい、
2~3本列車を撮影してから次の目的地である
青井岳に向かった。
この青井岳は今回のSL撮影旅行のハイライト
と言っても良いところであった。
まずは今夜泊まる予定の国民宿舎にリュックを
預けておいて、午後からずっとこの周辺地域で
蒸気機関車の撮影をする事が出来た。
それにしては後から見返してみると、いい写真
が撮れていない様だったが一応満足した。
国民宿舎の食事は特別な事もなかったのだが、
周りが静かな環境でとても良いところだった。
SL撮影旅行ではなくても、出来ればもう一度
来てみたい所ではある。
この「国民宿舎青井岳荘」は国民宿舎としては
廃業しているが、改築されて 「青井岳温泉」
として存在しているのは嬉しい限りである。
次回
老老介護のリアル #27 青井岳荘の
部屋から撮ったC57重連
更に続く
