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掌篇小説|桜始開

七十二候 第十一候 さくらはじめてひらく 桜の花が咲き始める(Wikipediaより)

いつも使っているバス停の近くに、黒塀に囲まれた一千坪程の御屋敷があって、庭に四本の桜の樹が植えられている。その桜の樹が「おばけ桜」と呼ばれているのは、超常現象とは関係しない。単純に算数の問題で、菱形の頂点に植えた樹木が、視点を変えると、一本や二本や三本に見えるからである。つまり、かつて足立区で親しまれていた、千住火力発電所の「おばけ煙突」と同じ原理である。

仕事の行き帰りに眺めていると、開花宣言を聞いた頃には、まだ枯れた様な枝ばかりだったのに、今週になってから上昇した気温のお陰か、枝のあちらこちらで蕾が綻び始めた。それでも、花と花の間が間延びして、なんだかスカスカしていて、桜らしくなかった。

一昨日の水曜日は、開花宣言から十日後くらいだろうか。バスを待ちながら桜に眼を遣ったところ、それでもまだニ割も咲いてはいなくて、貧相な感じがした。何の気無しに、並んだ樹に視線を巡らせると、いつもと容子が違っている気がする。納得出来ないけれど、明瞭しない。解らないままバスが来て、乗り込んだ拍子に、本数が増えている事に思い当たった。

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その日は、桜のおばけが気にかかり、いつも以上に散漫な心持で過ごした。帰りに黒塀沿いに本数を数えてみたら、菱形に配置された樹の真ん中に、確かにもう一本、同じ様な樹が生えていた。毎年、ここの桜を見てたが、数に変わりは無かったはずだ。

その翌日、つまり昨日はバスの到着時刻より、十分も早くに停留所に行って、よくよく観察してみた。順調に開花は進み、枝によっては、随分と桜らしくなってきた。そうして、矩形の東側に、またしても一本の桜が、元々生えていた様な顔をして立っていた。よく晴れたので、夕方には眼を見張る程に開花し、もう五分咲きにはなっているだろう。白っぽい花弁は、むくむくした塊を形成し、成長する様が意思を持っているみたいで、空恐ろしく感じられた。

今朝は、やっぱりもう一本増えていて、全部で七本になった。今度は菱形の西側に立っている。証拠に撮影した画像は、何故だか翌日には消えているし、同じバス停で待つ、見知っているだけの人達に、増殖する桜の樹について話しかけるのも、躊躇われる。

この土日も暖かくなるらしい。満開になったら、どんな景色になるのか、誰かを誘って見物しようと考えている。

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