通信制高校に転校した自分を殴りたい。
「おかーさん、おれ通信いくわ」
高校一年生の終わり、僕は通信制高校に転校した。
通信制は学校の最下層だ。
勉強嫌いの不良と、経済的に困窮する家庭のために開かれた場所だろう、と。
転入前。IBで学ぶ自分はそう考えていた。
でも、通っていた学校で感じた「違和感」から離れれば、環境を変えれば、自分が変わるんじゃないか、
そんな淡い期待と、小さじひとつくらいの好奇心で、転入を決意した。

転校初日の朝、アラームと共に目が覚めた。
6:00
いつもこの時間に起きて、学校に行く支度を始める。
けれど、今日からはそんなことをしなくてよくなったんだと思い、もう一度布団についた。
次に目を開いた時には
7:07
いつもなら、心臓が警鐘を鳴らし、家のどこからか、母からの鋭い怒鳴り声が聞こえてくる時間だ。
しかし、その日は、奇妙なほど、静かだった。
聞こえるのは、リビングからカチャカチャと食器を洗う音と、外を通る車の鈍いエンジンの音。
僕は、重い体をゆっくりと起こした。
昨日まで来ていた制服を端に寄せ、パーカに着替え、独りリビングに向かった。
8:04
共働きの両親は、「行ってくるわー」と言って家を出た。
ド平日の中、誰もいないリビングに取り残され、独りきり。
外から、「急げ急げ!!」と楽しそうに叫ぶ小学生の声が聞こえた。
高揚感に包まれたかと思えば、気持ち悪くて仕方がなかったことを今でも覚えている。
誰からも「起きろ」と言われないし、サボっても「怒られない」。この自由さが恐ろしかった。
これが普通になることが、心底怖くてたまらなかった。
自宅にいる時間が長くなり、人と会う機会が減れば、当然、人と話す時間は減る。
自分は寂しがり屋だったことを実感した。
転入してから一週間ほどで、この孤独に耐えられないことを知り、
LINEで知り合いに片っ端から連絡し、会う予定を組みまくった。
送った内容は、至ってシンプル。
「今日ひま?」
「学校終わったら飯いこ」
「夜あそぼ!」
まるで呼吸をするように、片っ端から送信ボタンを押した。
心の中では「誰でもいいから、この空白を埋めてくれ」と叫んでいるのに、文面では「たまたま時間が空いたから誘ってやったぜ」みたいな、余裕のあるフリを装いながら。
LINEを送ったのは、彼らが授業中真っ只中の時間帯。
当然、すぐに返信が来るはずもない。
今、履歴を見返せば、数時間後に返信が届いているのがわかる。
「今、学校(笑)」
「部活あるから無理ー」
「暇はない」
その文字を見た瞬間、殴られたような気分になった。
断られたことがショックだったわけじゃない。
「ああ、俺は自分から、普通のレールを大きく外れたんだ。」という事実を突きつけられた気がしたから。
彼らにとっての「普通」が、
僕にとっての「特別」になってしまった。
スマホを握りしめたまま、僕は、静まり返ったリビングに再び独り取り残された。
通信なんて、そんな良いところじゃないから、不良ばっかりだと思っていた。
けれど転入して思ったのは、正直、ピンキリということ。
めちゃくちゃ賢くて、熱意をもって転入してくる人もいれば、
とりあえず、、といった感じで転入してくる子もいる。
多分どこの通信制高校も同じような感じがして、
地域が一緒というだけで集められた公立小学校のような、ばらつきがある。
だから、めちゃくちゃ仲良い友達というのは作りずらかった。
通信制は、オンラインの学校であるため、
西は沖縄、北は北海道まで、全国各地に生徒がいる。
だから仲良くなったあの子は熊本で、
気になるあの子は北海道、
みたいなことがしょっちゅうだ。
気軽に「今から会おう!」ということができない。
遊ぶ約束をするにも、修学旅行の予定決めのように、少し手間がかかる。
夜行バスがー、ホテルがー、みたいな。
だから、気が合う友達ができても、直接会えることは少なかった。

あーー書いててわかった。
僕が好きなのは、LINEのやりとりの後の「また明日」とか気軽に会える温度感だ。
画面越しでは、いつでも話せる、いつでも笑い合えるのに、その先の物理的な距離という超えられない壁がある。
そのもどかしさが、オンラインでの繋がりすらも、薄いものに感じさせてしまうことがあった。
会いたくても会えない。
会う人は、社会人などの大人が多くなっていった。
彼らは、意外にも優しくて面白い。
圧倒的な経験値の高さからくる実体験の話は、食い入るように聞いた。
社会に出たら、こんな人たちがうじゃうじゃいるんだなと、
40手前のおじが運転する車の助手席で思った。

久しぶりに会った同級生の友人とカラオケにいった時のこと
僕が歌い終わると
隣の友人は少し困ったように笑い
「かずそらって全体的に、ちょっと古いよね」と言う。
LINEでの絵文字や、言葉遣い、使うフレーズ
自分が大人びたのでなく、おじさん化してしまっていることに気づく。
社会では、流行やトレンドはJK(女子高生)が作る、と言うらしい。
通信制に転校し、同級生と関わることが減っていた自分の周りにはJKじゃなく、DD(独身男性)ばかりだった。
よく喋る友達の年齢層が30〜40代になった。
毎月、定期的に話す人はみんな40代に差し掛かっている独身男性ばかりだ。
同世代のスピード感から脱落してしまった瞬間を感じた。
通信制に転校して、
環境を変えれば、自動的に自分も変わっていくんだと思っていた。
けれど、実際そんなことはなかった。
自分はアイスクリーム。
全日制という冷蔵庫があって、時々、寒さで苦痛は感じるけど、その寒さがあったから自分は固まることができていたのかもしれない。

外の世界に出た自分は、あっという間に甘く溶けていった。
ドロドロになってしまえば、元の綺麗なロールの形に戻るのは、想像を絶するほどのしんどさだろう。
束縛は、ある種の「免罪符」だったのだと、溶けてべちゃべちゃになって、気がついた。
最近、SNSを開けば、「受験制度が間違っている」「教師が悪い」「こんな校則意味ない」といった不満が溢れ返っている。
正直に言えば、昔から、僕はそんな理不尽に膨大な熱量で怒っていることにあまり共感できていなかった。
「そんなに時間と感情を注ぎ込んで怒れるほど、本当に戦うべき敵は外にあるの?」「環境のせいにする前に、自分次第でできることもあるんじゃないか?」
そう冷めた目で見ていたのが、偽りのない本音だ。
でも、今ならその冷めた視点すら、間違っていたと気づく。
全日制にいた頃は、うまくいかないことやイライラを全部「環境」のせいにできた。
不自由に対して文句を言う、その一連の動作自体が、自分が「まだそこに所属している証拠」であり、「努力の矛先」になっていた。
戦うべき『敵』がいる。これは、ある種の「娯楽」であり、「免罪符」だった。
けれど、ここには『敵』がいない。
邪魔する教師も、理不尽な校則もない。文句を言う相手さえいない。その時初めて、僕は「不自由」を嘆くことができた彼らが、いかに守られた環境にいたかを知った。
後悔は正直したし、安易に転校を決めた自分を殴りたくなる日は何度もあった。
けど、学校のせいでうまくいかなかったというのは、絶対に言いたくない。
それを言えば、僕は本当に「ただ逃げただけのやつ」になってしまうから。
最近、「通信制高校」がホットになりつつあるらしい。
高校職員たちは、「多様な学び」とか、「自由な時間」とか、「稼げる」とか、キラキラした言葉を並べ、僕らを魅了してくる。
もちろんそれは嘘じゃない。でも、その綺麗な言葉の裏側には、冷たい真実もある。
通信制高校という選択肢は、
「高校生という限られた時間を、自分の好きに自由に使える最高の場所」であり、
「自分の弱さを、誰のせいにもできずに顔面に突きつけられる場所」でもある。
誰も守ってくれないし、誰も叱ってくれない。
溶けていく自分を、ただ呆然と見つめる時間だってあるかもしれない。それでも「自分で選んだんでしょ?」と大人たちは冷たく言い放つ。
もし今、通信を選択肢として選ぼうとしている人がいるなら、僕は「やめとけ」とは絶対言わない。挑戦することはめちゃくちゃかっこいいことだし。
ただ、「自由」は自分が思っているよりもずっと、寂しくて、扱いが難しい「劇薬」であるということだけ、伝えたい。
そのヒリヒリするような後悔も含めて、僕は今、この場所でなんとか、自分の形を探している。
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