「学歴狂」の男たちと「東大を目指さない」地方女子
佐川恭一『学歴狂の詩』(集英社)を読んだ。実体験に重なる部分もあり、面白かったし身につまされた。
佐川氏は京都の私立男子校であるR高校(洛南だろう)から1浪して京大文学部。「東大京大国公立医学部志望でなければ人間として扱われない」「スーパー学歴洗脳施設」だったR高校における、キャラの濃すぎる「学歴狂」たちの生態を活写したエッセイ。20年以上前の話とはいえ、今もこういう進学校はあると思う。
『学歴狂の詩』を読んだ人に、併せて読んでほしい本がある。『なぜ地方女子は東大を目指さないのか』(光文社新書)だ。『学歴狂の詩』が、この本を補完するような内容になっているからだ。
言うなれば、「東大に女子が少ない」問題の裏返しが、「学歴狂男子」問題ではないだろうか?
『なぜ地方女子は東大を目指さないのか』を書いたのは、2人の現役東大生女子である江森百花さんと川崎莉音さん。
東大の学部生に占める女子学生の割合は21.3%にとどまる(2024年度)。ちなみに京大は22.5%、阪大は35.1%。
2人は地方女子が直面する障壁について取り組むプロジェクトを立ち上げたものの、東大男子たちの反応は非常に冷ややかだったそう。「ドグマティック(独善的)じゃない?」とまで言われたという。
東京大学の入学者のうち、およそ 25%が東京大学に例年 10 名以上の合格者を出している首都圏中高一貫男子校の出身です。彼らにとって、中学受験をし、塾に通い、色々な人から情報をもらって、周囲と同じように東大を目指すことはあたりまえのことで、「自分なんかが東大を目指しているなんて言い出せない」と考える女子学生がいるとは、到底想像もつかないことでしょう。そのような、地方女子学生とは全く境遇を異にする人たち、本書で取り上げるような問題とは縁遠い人たちに、議論のテーブルについてもらうために、私たちは問題意識をデータで示すことにしたのです。「ドグマティック」だなんて、もう二度と言われないために。
そういうわけで、「独善的」などと二度と言われないよう、あらゆる反論を想定して書かれており、有無を言わせぬ論証の強度がある。この本そのものが「地方女子」のポテンシャルの証明し、「地方女子」を勇気づける本だと言っていいだろう。
基本的には統計的手法で分析されているのだが、それを補強する形でいくつかのインタビューが挿入されている。印象的だったのがこれ。
Tさんは、奈良県出身の東京大学2年生。彼女は、東大受験に関して保護者から強い反対を受けたと言います。
Tさんの母親に話を聞いてみると、「なぜそこまで良い大学に行かないといけないのかがわからなかった」と言います。Tさんは塾の先生から「大阪大学は確実に受かるが、東京大学だと少しがんばらないと」と言われていたそうです。大阪大学ではなくて、東京大学を目指したいというTさんに対して、お母様は「大阪大学だって十分良い大学なのに、そこまでがんばる必要ないんじゃない?」と声をかけました。
東大を目指して頑張らなくていい、阪大でいい――。
『学歴狂の詩』を読んだ人はわかると思うが、これ、学歴狂男子たちと完全に真逆なのだ。
「地方女子が東大を目指さない理由」のうち、本人の価値観や意識として挙げられているのは、「資格取得重視傾向」「低い自己評価」「安全志向」「浪人回避傾向」。さらに受験生自身に加え、保護者や教師など周囲の価値観が大きく影響しているという。
一方の「学歴狂」たちはどうか。まず「資格取得重視傾向」。これは、R高校が首都圏ではなく京都にあることもあって、医師や弁護士を目指す男子も多いのだが、こんな一文がある。
これは真面目に聞いてほしいのだが、真の学歴厨は、「学歴さえ高ければあとはどうでもいい」という謎の期間、「スーパー学歴タイム」を経験する。
要するに「学歴狂」は、「大学以後の世界」について何も考えていないにもかかわらず、異様なまでに受験勉強にのめり込むということ。一方で女子は、大学卒業後の進路から逆算して医学部や薬学部を選びがちだ(首都圏の高校なら、大企業への就職を見据える女子も多いだろうが、ロールモデルが少ない地方ではなかなかそういう発想にはならない)。
そして「低い自己評価」と「安全志向」。この真逆をいくのが「〈東大文一原理主義者〉内山」だ。
「東大文一に現役合格できなければ自殺する」「計画を立てて然るべき時間を費やせば、猿でない限り必ず東大文一に合格できる」と豪語していた内山。佐川氏いわく、「余裕の成績ではなかった」にもかかわらず、だ。
その内山はセンター試験で爆死し、東大文二への志望変更をさんざん悩むも、文一に突撃して見事合格を勝ち取る。まさに「高い自己評価」「挑戦志向」で勝ちきったのだ。
さらに強烈なのが「ノートにappleと書き続ける〈大物受験生〉永森」だ。学年104人中100位以下をさまよう成績なのに東大文一を目指すと言ってはばからず、堂々とノートに「apple apple apple apple……」と書き続ける。
「東大はもちろん関関同立も、回によっては産近甲龍もE判定」なのに東大志望を貫くがあえなくセンター試験で足切りを食らい浪人。さすがに東大京大はムリだったが、この永森は浪人時、E判定しか取ったことのなかった同志社大学経済学部に合格している。
まさに学歴狂ゆえの「高い自己評価」と、無謀ともいえる「挑戦志向」による勝利だ。
ちなみに佐川氏のクラスは、「現役東大一名、現役京大二名、現役国公立医学部ゼロ、浪人四十余名という史上最悪の結果」だったという。これは佐川氏のクラス固有の事情も大いにあると思うが、「浪人四十余名」は男子校でなければあり得ないだろう。「浪人回避傾向」は皆無だ。
というわけで、『なぜ地方女子は東大を目指さないのか』では書かれていないし、書かなくてよかったと思うが、分不相応なのに東大を目指してしまう男子が少なからずいる。男子のほうがより多く「東大を目指している」からといって、それが幸せなのかというと、そうとは言い切れない。
『学歴狂の詩』には、「東大京大国公立医学部志望でなければ人間として扱われない」R高校においても、その価値観に染まらなかった「神戸大志望を貫いた〈足るを知る男〉本田」が登場する。
『学歴狂の詩』では、本田が極めて稀有な存在として描かれるが、要するに「地方女子」では本田のような志向こそがマジョリティなのだ。
そして、冷静に考えれば学歴狂たちより本田の選択のほうがまともで幸せな道だろう。
『なぜ地方女子は東大を目指さないのか』の分析と提言には、全面的に賛同する。「女子枠」のようなアファーマティブアクションも必要だし、地方女子と東大生や東大OGの社会人との交流機会を作って「ロールモデル」を知ってもらうといった「#YourChoiceProject」の活動も非常に有意義だと思う。
女子の障壁や構造的差別を取り払うこと、これが必要なのは言うまでもない。東大に入って国を引っ張る政治家や経営者、世界的研究者になれるポテンシャルがあるにもかかわらず、東大を諦めたり地方の医学部に入ったりする女子が多いというのは、社会にとっても大きな損失だ。
一方で、「学歴狂男子」たちの洗脳と呪縛を解くこともまた必要だと思う。
男子の中には「狂う」ことで学力が底上げされている人たちが一定数いる。そのせいで女子の席が減っている可能性は大いにある。
「学歴狂男子」問題を放置したままでは、「学歴狂女子」を男子並みに増やさないと東大合格者数は男女半々にならないかもしれない。
学歴狂男子たちにとっても、この状況が幸せなのか疑問がある。合格できればまだいいが、成績に見合わない大学を受け続けて軒並み不合格というケースも多い。
そして、佐川さんの筆致で学歴狂たちは「愛すべき馬鹿」として描かれているからいいものの、現実には学歴狂のまま突っ走り、公務員試験や就職試験も突破して権力を持ってしまった男たちも大勢いる。
女子をエンパワーメントすることも大事だが、男子を冷静にさせ、視野を広げさせることもまた不可欠ではないかと思う。
『学歴狂の詩』は、『なぜ地方女子は東大を目指さないのか』と併せて読むことで100倍面白く、タメになること請け合いなので、未読の方はぜひ手にとってほしい。
