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政治利用される「特攻隊」と、映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』が決定づけた特攻の"カジュアル化"──「特攻で自己啓発」現象はどこまで広がるのか?

映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』が金曜ロードショーで放映されるらしい。放映日は8月8日。

X上では評価が真っ二つに割れているけれど、いま日本で起きていることを理解するためにも、絶対に観たほうがいい。

映画は、ある意味よくできている。原作からのアレンジは制作側の狙い通りに当たって、大ヒットになった。

映画はラブストーリーとして宣伝されているけれど、恋愛要素が強めな原作小説に比べて、映画は自己啓発要素のほうが強い。90年代後半から始まっている、「特攻で自己啓発」の潮流にある映画といっていい。

「特攻で自己啓発」問題については、この映画と、早田ひな選手の発言に絡めて、去年記事を書いている。

特攻に絡んだ最新のトピックといえば、参政党だ。神谷宗幣代表の参院選の演説がまさに「特攻で自己啓発」の典型例。

特攻に行く若者のことを思えばなんてことはない」「俺たち何でもできるよねと思えて、今頑張れている」って、典型的な「特攻で自己啓発」のパターンのひとつだ。

井上義和『未来の戦死に向き合うためのノート』(創元社)には、こんな事例が載っている。プロ野球など、スポーツ界でも特攻隊は自己啓発的に利用されてきた。

チームとしては、二〇〇〇年代半ば以降に読売巨人軍と千葉ロッテマリーンズ(二軍)が知覧を訪れたことが報道されています。(中略)「「失敗しても死に至ることはない」と思えば大胆に野球ができると感じた」(巨人・木佐貫洋投手)「好きな野球ができることに感謝」(ロッテ・田村龍弘捕手)という感想に典型的に示されるように、野球に向き合う姿勢を正すのが狙いであることは明らかです。

井上義和『未来の戦死に向き合うためのノート』(創元社)

参政党はポスターにも特攻隊を使っている。

『あの花が咲く丘で〜』の大ヒットも少なからず影響しているだろう。特攻隊を歴史上の人物に並べることが(少なくとも支持層には)反発より支持をもたらすと考えたから、参政党はこのポスターを作ったはずだ。

特攻隊はとてもカジュアルに扱われるようになった。以前はそんなことはなかったということは、福間良明『「戦争体験」の戦後史』(中公新書)を読めばわかる。

金曜ロードショーで『あの花が咲く丘で〜』を放映するのはまだいい。

だけど、「平和教育」や「人権教育」として自治体で上映会をやるのは、もう少し慎重になってほしい。検索すると、かなりの自治体がこの夏に上映会をやるようだ。

やるんだったら、映画に描かれていない特攻の実態についても知ることができる会にしないと、ちょっと不十分ではないたろうか、人権啓発としては……。

断っておくと、『あの花が咲く丘で~』は、反戦的なセリフもかなり多いし、右翼的な映画ではない。ただ、この映画によって、特攻から戦争を知るという子どもはかなり増えているはずだ。その状況を認識し、対応しないといけない。

『あの花が咲く丘で~』は、一見すると教育的な映画だ。反抗的な少女が特攻隊員と出会い、マジメに生きようと心を入れ替える。それ自体は悪いことじゃない。

ただ、戦争を学んだ結果が「マジメに生きよう」でいいのだろうか? それで戦争を学んだと言えるのか?

戦争について教えるにあたって、「特攻」を一番最初の題材にするのはすごく難しいと思う。

「特攻」には、大日本帝国の病理が凝縮されていると言っても過言ではない。だから特攻を学ぶことにはものすごく意義がある。

だけど、特攻の一部分だけを抽出して"摂取"するのは非常に危うい。

特攻を題材に平和教育、人権教育をしようとしている大人は、責任と覚悟を持ってほしい。山本研二『「特攻」を子どもにどう教えるか』(高文研)を読んでもらいたい。

「特攻で自己啓発」問題については、ほかにもこういった記事を書いたので、読んでください。

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