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徒然BLUEなるままに──揺蕩う意識

人は、自分の名前で生きている。

けれど、ふと立ち止まって考える。
その名前は、本当に「ぼく」なのだろうか🤔💭

ぼくは、ときどき、こんな想像をする。

意識とは、
宇宙を揺蕩う存在なのではないか、と。


それは何者でもない。
始まりも終わりも定義できない。

ただ、在る。

言葉にするなら、
being に近いものかもしれない。

その意識が、あるとき
身体という宿り木に降り立つ。

宿り木に腰掛けた瞬間、
そこに一枚のラベルが貼られる。

名前だ。

A。

あるいは、ぼくの名前。

その瞬間から、
意識は「誰か」として生き始める。

笑い、迷い、愛し、傷つきながら、
一つの人生を歩く。

けれど宇宙の時間から見れば、
人の一生など、
ほんの一瞬のきらめきにすぎない。

やがて身体はほどける。

宿り木は、役目を終える。

すると貼られていたラベルは
静かに剥がれ落ちる。

Aという名前は消える。

けれど、意識そのものは消えない。

また宇宙を揺蕩い、
次の宿り木を探す。

そして新しい身体に降り立つとき、
また新しい名前をもらう。

人が「自分」と呼んでいるものは、
その一瞬のラベルにすぎないのかもしれない。


では、記憶はどうなるのだろう。

ぼくは、こう考えている。

記憶とは、
意識身体が重なったときにだけ生まれる
一時的なプロセスなのではないか、と。

神経回路の中を走る電気信号。
その処理の連なりが、
「記憶」という現象を灯す。

だから、身体と意識が分離すれば、
そのプロセスもまた消える。


けれど、それは完全な消滅ではない。

その光は、
宇宙のどこかに静かに保存される。

古い言葉で言えば、
アカシックレコードのような場所に。

そして、
現代物理学では情報は消えない、という。

宇宙は、無数の記憶を抱えながら
静かに回り続ける。

そして意識は、
その海を揺蕩う。

ときどき宿り木に腰掛け、
名前を名乗り、
人生という物語を生きる。

そしてまた、
静かに宇宙へ帰っていく。


もしかすると人の一生とは、
宇宙を漂う意識が
ほんのひととき
名前を名乗る時間なのかもしれない。

いま、ぼくもその途中にいる。

宇宙の片隅で、
BLUEという名前を借りながら。

そしていつか、
この名前も静かに剥がれ落ちる。

そのとき意識はまた、
どこかの宿り木を探して
宇宙を揺蕩うのだろう。

まるで渡り鳥のように。

あるいは、
帰る場所を持たない風のように。

それでもいい。

生きるとは、
きっと
ゆらぎだから。

そのゆらぎの中で
ぼくは今日も
BLUE という名前を生きている。

意識は宇宙を揺蕩う。
身体はその宿り木。

記憶はその二つが
重なったときだけ灯る火。

火が消えると、
その光は宇宙の記録へ還る。


《FIN》

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