【TS045】正論と論理的正しさの違い
プロローグ
GW企画〜ゆったり考察〜第二弾💣
以前、似たタイトルで記事をアップしたが、自分自身、今ひとつピンときてないなぁと思い、この『ゆったり考察』期間に改めて記事にすることにしました🤗
この自分の記事を見直す行為は、言葉にすると
BLUE学びて時に之を習う
亦悦ばしからずや📚
イメージで描くと、下図のオレンジ色部分に相当する
➡️価値観の仮説検証のPDCA🔁

過去記事:【TS011】正論と論理的正しさ
過去記事を改めて以下の観点で読み直した
正論と論理的正しさは似ているようで実は結構違う
では、何が違うのか⁉️
改めて考察🧐💭
「折り合い vs. 妥協」 と 「正論のべき論 vs. 論理的正しさ」 の関係
➡️確かに似ている部分があると思う。ちょっと整理してみよう🤗
🔹 「折り合い」と「妥協」
→ どちらも「100%自分の意見を押し通す」のではなく、他者や状況に合わせて調整する行為。
→ ただし、「折り合い」は前向きな調整 であり、「妥協」はやむを得ず譲る」 というニュアンスがある。
🔹 「正論のべき論」と「論理的正しさ」
→ 「正論のべき論」は、「こうあるべき」という理想を示すもの。
→ 「論理的正しさ」は、感情や理想を排して、純粋に論理的に正しいかどうかを問うもの。
→ べき論は価値観や倫理観が入り込みやすく、論理的正しさは数学的に証明可能な事実に近い。
つまり…
• 「折り合い」は、論理的正しさを活かしつつ、現実的な落としどころを見つけること に近い。
• 「妥協」は、べき論の理想を貫ききれず、苦渋の決断をすること に近い。
どちらも「対立する概念」というより、「バランスの問題」だね。
べき論だけでは実社会では通用しないし、論理的正しさだけでは人の心は動かない。
折り合いも妥協も、時と場合によって必要な選択肢になってくる。
この関係性をどう活かすかで、人生やコミュニケーションの質も変わってきそうだね☺️
補足✍️ 正論の正しさと、論理的正しさの違い
🔹 正論の正しさ = 「理想」や「倫理観」に基づく正しさ
🔹 論理的正しさ = 「客観的なルール」や「論理構造」に基づく正しさ
例えば、
▶ 正論の正しさの例
「困っている人がいたら助けるべきだ」
→ 倫理的に正しいが、現実には助けられない状況もある。
▶ 論理的正しさの例
「助けるには時間と資源が必要。自分に余裕がなければ助けられない。」
→ 事実に基づく論理的な結論だが、冷たく感じることもある。
つまり、
✅ 正論は“どうあるべきか”を示すが、現実と折り合いが必要になることもある。
✅ 論理的正しさは“客観的に正しいか”が、人の感情や理想とはズレることがある。
この違いが、折り合いと妥協の関係にもつながってくるんじゃないかな?
エピローグ
・・・ここまで整理して書いたけど、
『正論と論理的正しさの違い』について
自分の理解8割くらいといったところかな
理解できたことにフォーカして、自己受容☺️
また、時間をおいて
BLUE学びて時に之を習う
亦悦ばしからずや📚
を実践しよう🧐💭
p.s.
今日の1番の収穫は、内面の自分と対峙して
内省できたことかな😤

具体的に行動した年だった
以前のBLUEは
思考モード優位の感情が表出しない「べき論者」
あるコミュニティで、感情の蓋の瓦解を体感し
忘れ去られていた懐かしい感情と再会
少し大袈裟だけど、、、
感情重視の「居心地の良い人」へシフトチェンジ
そして、2024年後半
排除しようとしていた「べき論者」は
BLUEにとって、もう一つの側面の
「優しい人」という新たな価値観に気付く
改めて
思考と感情は両方大事
という結論に落ち着く
そして、2025年元旦
新たなno+eの扉を開く
【了】
