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【TS033】啓蒙・啓発とコミュニケーションの違い-解説編-


エッセイ

【TW132】啓蒙・啓発とコミュニケーションの違い🤔💭

絵画で言えば

啓蒙・啓発は、絵の具の重ね塗り
➡️相手の主義・主張を面で覆う

コミュニケーションは、
『グランド・ジャット島の日曜日の午後』の点描画🖼️
➡️相手の主義・主張を点で担保(微視的)
➡️お互いの全体調和(巨視的)

【TW132】啓蒙・啓発とコミュニケーションの違い🤔💭
https://note.com/2020blue/n/n36619c2989c0
⭕️啓蒙・啓発は、発言者の色に相手を染めてしまう
➡️「面で塗りつぶす」重厚な部分(一色の圧倒的な筆致)

⭕️コミュニケーションは、お互いの色が混じり合う
➡️「点描」の繊細な部分(個々の色の響き合う筆致)

要素論から全体論へ
個々の色の調和がひとつの物語として完結

啓蒙・啓発とコミュニケーションの違いを
対比させてデジタルアートで表現✨

このエッセイにおける
BLUEの価値観『両極のニコイチ』は
なんだろう🧐💭

啓蒙・啓発を一方的に悪者扱いすることなく、
良い面に目を向けると・・・。

1.ワンポイント解説

本来、BLUEが伝えたかった価値観を先に説明するね🤗

「面で塗りつぶす」強さも、「点描で混じり合う」繊細さも、どちらも大事
それらが対立するものではなく、むしろ相互補完的なものとして働くのが理想なんじゃないか
🤔💭

この価値観を140文字のつぶやきに収めることは
『余白が狭すぎるのでここに記すことはできない』
と書き残したフェルマーと同じ心境だった🤣

だから・・・
つぶやきの140文字に収めるためには、多少、極端な論理展開になってしまうけど、『善と悪』という二項対立で比較してみたわけです☺️

でも、やっぱり、この二項対立は、BLUEの価値観には馴染まず、『両極のニコイチ☯️の方が、受け入れやすいかな💖

なので、本稿では、一度、悪者になってもらった『啓蒙・啓発』にも、良い面があることにフォーカスして、コミュニケーションとの『共存』について探っていきたいと思います☺️

2.啓蒙・啓発と油絵

啓蒙・啓発を「面で塗りつぶす重ね塗り」の油絵に例えたけど、いきなりコミュニケーションとの対比に行く前に、まずはゆっくりお茶🍵でも飲みながら、有名な絵画を鑑賞しよう💖
(著作権フリーだったので掲載します🤭)

ヨハネス・フェルメール 「真珠の耳飾の少女(青いターバンの少女)」 (1655)

ヨハネス・フェルメール 「真珠の耳飾の少女(青いターバンの少女)」 (1655)
https://publicdomainq.net/johannes-vermeer-0009760/
パブリックドメイン(完全著作権フリー)

いや〜素敵な絵画ですね🖼️
絵の知識・技術を持たないBLUEでも、この絵は知ってます😤
BLUEだけに、特に、青いターバンに惹かれます🤣

油絵に関する予備知識0️⃣なので、ChatGPT君に教えてもらいました🤗

普通の油絵は「実際に色を混ぜてなめらかな表現を作る」のが基本

画法は 「筆触分割」 や 「重ね塗り(レイヤリング)」 と表現されることが多い

より明確に言うと・・・

🔹 「混色(ブレンド)」
→ パレット上やキャンバス上で色を混ぜて表現
🔹 「グラデーション(ぼかし)」
→ 色を滑らかに溶け込ませる描き方
🔹 「重ね塗り(グレージング)」
→ 透明・半透明な色を何層にも重ねて深みを出す技法
🔹 「即興的筆致(インパスト)」
→ 絵の具を厚く盛り上げてダイナミックな質感を作る

何が言いたいかと言うと、

重ね塗りの油絵も、観るものを魅了し、とても素晴らしい芸術🎨

そして、

それに例えた啓蒙・啓発も素晴らしい

ってこと

まずは、啓蒙、啓発を悪者にしたことに対するフォローアップでした☺️

具体的な良い点は、この後の4章でまとめて話すね🗣️

3.コミュニケーションと点描画

次に、コミュニケーションを「点描画」に例え、個々の点(主義・主張)を尊重しながらも、全体として調和するものと考えたんだよね

点描画の代表として、ジョルジュ・スーラの『グランド・ジャット島の日曜日の午後』も鑑賞しよう💖(こちらも著作権フリー🤭)

ジョルジュ・スーラ 「グランド・ジャット島の日曜日の午後」 (1884-1886)

ジョルジュ・スーラ 「グランド・ジャット島の日曜日の午後」(1884-1886)
https://publicdomainq.net/georges-seurat-0014560/
パブリックドメイン(完全著作権フリー)

「光と影が織りなすコントラスト」 、良いですね
互いの違いを認めつつ、一つの美を作るイメージ

少し気取った言い方をするなら、

要素論から全体論へ
個々の色の調和がひとつの物語として完結
🤭

点描画は、個々の色(点)は混ざらないけど、
全体として見ると美しいグラデーションを生み出す

これこそ、
BLUEの価値観「異質なものとの調和」の象徴🗽

この視点を、現代の対話や社会問題に適用すると、

相手の論破が目的ではなく、互いの違いを尊重しながら、調和した全体像を作ることが大切

というメッセージが浮かび上がる
これ、すなわち、異質なものとの調和力


4.啓蒙・啓発とコミュニケーションのニコイチ

エッセイでは、「啓蒙・啓発」と「コミュニケーション」の違いを、絵画的な表現で対比してみた

特に、「面で塗りつぶす vs. 点描で混じり合う」という比喩は、視覚的にも直感的に理解しやすいんじゃないかと思ってのこと🤔💭

ここまでで、ようやく御膳立てが整った
さて、まとめに入ろう💖

BLUEが大切にしている「両極のニコイチ☯️という観点で考えると、啓蒙・啓発も必ずしも悪ではないと思う。確かに、啓蒙・啓発は「発信者の色に相手を染める」要素があるけれど、それが社会にとって必要な場面もある。例えば——

🔹啓蒙・啓発のポジティブな側面
1. 変革の起爆剤になる
 → 社会の停滞を打破し、新しい価値観を広める役割を持つ
 → 例えば、環境問題や人権意識の向上は、多くの啓発活動による社会の意識変化

2. 知識の格差を埋める
 →「まだその視点を持っていない人」に気づきを与える
 → 例えば、科学的な誤解(ワクチンの誤情報など)を解くための啓蒙活動

3. 強いメッセージが必要な場面がある
 → 単なる「対話」だけでは広がらない場合、強いメッセージが求められることも
 → 例えば、歴史的に見てもカリスマ的なリーダーの啓蒙による社会変革

🔹「両極のニコイチ☯️」になるとしたら?
「啓蒙・啓発」だけでは強制的すぎるし、「コミュニケーション」だけでは拡散力が弱い。
だから、理想的なのは——

「最初は啓蒙・啓発で気づきを与え、その後、コミュニケーションによって相手の考えと交わりながら深化させる」

そんな流れなのかもしれない🤔💭

つまり、冒頭に示したように結論は以下

「面で塗りつぶす」強さも、「点描で混じり合う」繊細さも、どちらも大事
それらが対立するものではなく、むしろ相互補完的なものとして働くのが理想なんじゃないか
🤔💭

最後に・・・
啓蒙・啓発の良いところもあるので(特に、自己啓発)、二項対立でどっちが正しいか、どっちが間違っているかの悪いところ探しではなく(減点法)、まずは互いの違いに気付き、その違いを判断・評価・分析せず、意識的にそっと自分の掌のうえに載せる
そして、一呼吸置いて、その違いを価値あるモノとして愛でる(収集家が茶器を愛でるように💖)
そして、良いところは何かという目的論(加点法)で相手とコミュニケーションするのがいいなぁ☺️

【了】

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