見出し画像

『望んだもの、与えられたもの vol.3-5』-創作大賞2025(エッセイ部門)応募作品-(6/7投稿)

BLUEの応募作品マップはこちら💁


はじめに

作品のコンセプト

『望んだもの、与えられたもの』

一見すると「願ったものは与えられなかった」と語りながら、実は「本当に必要なものは与えられていた」

「人の願いと、人生が与えるもののズレ」 の両極の現実を一度は素直に受け止める事ができた時、その深い洞察の先に新たな価値観への扉が開くのではないか🤔💭

洞察を通して、人間の視点から見れば「不足」や「欠落」と感じることも、視座を高め、より広い視野から見れば「成長」と「気づき」のために必要なのかもしれない🤔💭

それはまた、人は「力」や「成功」を求めるけれど、実際に与えられるのは「弱さ」や「失敗」だったりする。でも、その「ズレ」が、人生の深みを作っていくのかもしれない🤔💭

このような詩(うた)をストーリー仕立てのエッセイにまとめ『望んだものと、与えられたもの』 の対比が鮮明となるようにメイキングしてみたい🤗

メモ📝
2025/6/5現在、『望んだもの、与えられたもの』をテーマにしたエッセイは、ちょうど20作品を数える。
区切りとして、ショートエッセイを応募することにしました☺️

作品のイメージアート

『望んだもの、与えられたもの』

女性の姿:「静謐のなかで人生の答えに手を伸ばす」瞬間をとらえた姿。
彼女のふたつの掌は何を感じようとしているのか――それはまさに「欲したものを手に入れようとする右手」「与えられたものを静かに受け取る左手」二面性を象徴している。

着物の織り模様には、星雲のような銀河や波紋が広がり、人生の軌道──すなわち、希望・選択・錯綜・回帰──の複雑なレイヤーを内包する宇宙の布帛(ぬの)が描かれている。
髪飾りの白い花は、「願い」を象徴すると同時に、「散ること」への覚悟も帯びた二面性を象徴している。

背景に浮かぶ光輪と螺旋は、「この世界の外からの視座」を示す。
私たちは常に主観という点の中に生きているけれど、実は、その背後にはもっと大きな軌道、与えられたカイロスの時間が流れていることを、彼女の後ろに広がる幾何学が静かに語っている。

✍️コンセプトとアートのリンク

このアートは、本構想の物語──
「望んだものではなかったが、必要なものだった」
というメッセージに、視覚的な奥行きを与える強力なメタファーとして作成した。

  • 求める掌と、受け取る掌

  • 華やかな着物と、内に秘めた瞑想的なまなざし

  • 願望としての花と、散る運命を受け入れる美しさ

  • 動的な背景と、静的な存在感

すべてが、「ズレ」という余白の中にこそ人生の真理が宿るというテーマに収束する。

✍️『異質なものとの調和力』との関連性

『望んだものと、与えられたもの』
経(たて)糸
緯(よこ)糸を組み合わせ
織り成すのが染織(布)、これが布帛(フハク)

このテーマで言えば
望んだもの経糸とするならば
与えられたもの緯糸

このたて糸よこ糸が組み合わさって
織り成されるのがエッセイ(物語)

望んだもの与えられたもの(望んだものではない)
の両極の『ズレ』が、エッセイを通して織り成す

つまり、両極の『ズレ』は『ニコイチ』☯️だ
すなわち、BLUEの価値観『異質なものとの調和力』そのものなんだ☺️

(参考記事)


💎掲載作品💎

『望んだもの、与えられたもの-命と別れ』 vol.3

愛する者の命を願った。
少しでも長く一緒に居られるようにと。
だがそれは永遠には続かなかった。
満足とは程遠い、早くて、そして突然の別れだった。

わたしに与えられたものって……。

***

病室の窓際に立ち、白いカーテンの隙間から、沈みゆく夕陽を眺めていた。
橙色の光が、病室の無機質な白い壁を淡く染める。

「綺麗だね」

かすれた声が、背後から響く。

振り返ると、ベッドの上の人が微笑んでいた。
弱々しく、それでいて、どこか満ち足りたような微笑み。
わたしは笑顔を返そうとしたが、喉の奥で何かが詰まり、言葉にならなかった。

もっと一緒にいたい。
もっと話したい。
もっと伝えたいことがある。

こんなにも願っているのに、どうして時間は容赦なく過ぎていくのだろう。
なぜ、わたしの祈りは届かないのだろう。

***

「ねぇ、覚えてる? あの桜並木の道」

柔らかな声が、静寂を揺らす。
わたしは黙って頷いた。

「春になると、一緒に歩いたよね」

頷くしかできない。

「桜の花びらが舞って、君の肩にも、ボクの髪にも、たくさんくっついてた」

あの日のことを思い出す。
光が揺れ、風が吹き、桜色の世界に包まれた。
ずっと、この時間が続けばいいと思っていた。

「ねぇ、ボク……」

声が途切れる。

わたしは、必死に涙を堪えながら、
「うん、なに?」と、なんとか言葉を返した。

「ありがとう」

それは、まるで最後の言葉のようで、わたしは怖くなった。
わたしが望んだのは、こんな別れじゃない。
もっと、もっと、たくさんの春を一緒に迎えたかった。

なのに、与えられたのは——。

***

春の風が吹く。
桜並木の道を、ひとり歩く。

肩にふわりと舞い降りた花びらを見つめ、そっと手に取る。

「ねぇ、覚えてる?」

誰にともなく問いかけた。

「……うん、覚えてるよ」

風が頬を撫でる。

——願ったものは、一つとして与えられなかった。
でも、確かにここに、君はいた。
そして今も、わたしの中に生きている。

与えられたものは、思い出と、これからも続いていく日々。

わたしは、ゆっくりと歩き出した。

桜の花びらが舞う中
桜の花🌸がそっと彼女の手の中へ

彼女は穏やかに見つめる
過ぎ去った時間への想いと
それを大切に抱きしめる

普段接する大切な人とのふとした会話や、何気ない仕草、当たり前に思える日常のすべてが、いつかきっと宝物になる。
あなたが大切な人と過ごす時間が、温かくて、かけがえのないものでありますように🫶 by BLUE


『望んだもの、与えられたもの-記憶と忘却』 vol.4

最初に違和感を覚えたのは、朝食の時間だった。
いつものように食卓につき、湯気の立つスープを口に運ぼうとした瞬間、目の前の皿に違和感を覚えた。

「……これは、誰が作ったんだっけ?」

家族が微笑んでいる。優しく「私よ」と囁いてくれる。でも、何かがおかしい。
彼女の顔を見つめる。確かに知っている顔だ。それなのに、その名前がすぐに出てこない。
焦りを悟られまいと笑顔を作りながら、ゆっくりとスプーンを口に運ぶ。
舌の上に広がる味は変わらないのに、それを作った人の記憶だけが霞んでいく。

——こんな風に、少しずつ何かがこぼれ落ちていくのだろうか。

初めは、日付や予定のような些細なことだった。
次第に、昨日の出来事が曖昧になり、一週間前のことが霧の向こうに消えていった。
ある日、リビングの棚に並んでいるアルバムを開いた。
写る自分、家族、友人たち。楽しそうな表情。
指先で一枚の写真をなぞる。

——この写真の、彼女は誰だろう?

胸の奥に何かが突き刺さる。
わからない。確かに大切な人だったはずなのに。

「思い出せない」

震える声が漏れる。目の前にあるはずの記憶の断片が、砂のように指の間からこぼれ落ちていく。
思い出したいのに、思い出せない。必死に手を伸ばしても、心の中のどこを探しても、そこにあるはずのものが掴めない。
焦りと不安と恐怖が胸を締め付ける。

——僕は、僕でいられるのだろうか。

記憶を失っていくということは、僕という存在そのものが薄れていくことなのかもしれない。
これまで生きてきた証も、愛してきた人の温もりも、すべてが消えていくのだろうか。

「……大丈夫よ」

温かい手が、そっと僕の手を包み込む。
顔を上げると、さっきの女性——いや、妻が微笑んでいた。
彼女は僕の手を優しく握ったまま、静かに言う。

「あなたが忘れても、私が覚えているから」

目の奥がじんと熱くなる。
忘れることは、決して一人になることではないのかもしれない。
僕が僕を忘れてしまう日が来ても、僕のことを覚えてくれる人がいる。
その人が、僕の人生の証を抱きしめ続けてくれるのなら。

僕は、決して独りではないのかもしれない。

記憶は消えていく。
それでも、僕は与えられていた。
「忘れたくない」と願った先に——忘れても、支えてくれる人の温もりを。

優しさで包み込む一抹の不安
わたしの『望んだもの、与えられたもの』って・・・。


『望んだもの、与えられたもの-平和と戦争』 vol.5

平和を望んだ。
争いのない世界を願った。

だが、目の前に広がるのは瓦礫の山、炎に包まれた街、人々の泣き叫ぶ声だった。
爆撃の音が鳴り止まない。
血の匂いが風に混じり、空は灰色の煙に覆われる。

僕に与えられたものは——戦争だった。

壁と卵の間で

村上春樹は言った。

「高くて固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」

村上春樹「エルサレム賞」受賞スピーチ
https://sachiko.way-nifty.com/polyphonic/files/harukimurakami.pdf

壁とは、国家であり、権力であり、制度であり、軍事力である。
卵とは、そこに生きる一人ひとりの人間であり、家族であり、子どもである。

イスラエルとパレスチナ。
壁と卵。
力を持つ者と持たざる者。

人々は言う。
「イスラエルには自国を守る権利がある」
「パレスチナには抵抗する権利がある」

正義と正義がぶつかるとき、それは果たして平和へと向かうのか。

ある者は、正義のために武器を手に取る。
ある者は、愛する者の仇を討つために銃を握る。
正義の旗のもとで戦争は正当化され、報復の連鎖は止まらない。

強者と弱者、どちらが正しいのか?

世界は二項対立で語られる。
イスラエル vs パレスチナ。
ユダヤ教 vs イスラム教。
国家の存続 vs 民族の生存。
テロリスト vs 自由の戦士。

「どちらが正しいのか?」
人々は簡単に答えを求めるが、それに答えられる者などいない。

戦争とは、善と悪の戦いではなく、善と善の衝突だ。

イスラエルの兵士は、自国を守るために戦っている。
パレスチナの戦士は、自国を取り戻すために戦っている。

どちらも家族を持ち、愛する人を守りたいと願っている。
どちらも自らの大義に従い、死と隣り合わせの日々を生きている。

——それでも、人々は殺し合う。

平和を望めば望むほど

「平和のために戦う」
「平和のために敵を排除する」
「平和のために報復をする」

平和を望めば望むほど、戦争は泥沼化していく。
ある側が停戦を呼びかけても、もう一方は「今こそ報復の時だ」と応じない。
何十年、何百年と続くこの憎しみは、もはや誰にも止められないのかもしれない。

僕たちは平和を望んだはずだった。
それなのに、なぜ世界はこれほどまでに戦争へと傾いていくのだろうか?

僕に与えられたもの

もしも、生まれる国が違っていたら——
僕はどちら側の兵士になっていただろうか?
僕はどちら側の正義を信じていただろうか?

僕に与えられたものは、日本という平和な国で生きることだった。
戦場の爆撃音を聞くこともなく、空襲の恐怖を味わうこともなく、
自由に言葉を紡ぐことができる場所を与えられた。

それは、恵まれたことなのかもしれない。
だが、それは同時に「知らずに済む」という無知の暴力をも与えられたことを意味する。

僕にできることは何だろう。
平和を願いながら、戦争を語ることすらしない傍観者でいることなのか?

それとも——
せめて、今あるこの平和を、当たり前のものだと思わないこと。
僕が得たこの平和が、誰かの犠牲の上に成り立っていることを忘れないこと。

それが、この国に生きる僕に「与えられたもの」への、せめてもの責任なのかもしれない。

静かに佇み、深い思索や葛藤を感じる女性
彼女の背後に広がる現代の都市と戦火の残る景色
平和と破壊の狭間にある私たちの現実を映し出す

【了】

いいなと思ったら応援しよう!