【TS093】小野伸二の俯瞰力、そしてイチローと大谷の客観性
プロローグ
お友達から記事を2本紹介してもらった🤗
BLUEさんと言えば、イチローもね💖
という言葉が添えてあった🤭
1本目の「小野伸二の記事」を紹介してくれたのは
BLUEがサッカー部⚽️だったことに起因すると思う🤔💭
一方、「イチローの記事」はと言えば、恐らく
昔BLUEが住んでいた街の駅前で、夕刻🌇になると
ものまね芸人『ニッチロー』をよく見掛けたという話を
覚えてくれていたのだろう🤣
もちろん、イチロー本人の哲学も大好きだよ💖
1本目の記事:小野伸二の俯瞰力
2本目の記事:イチローと大谷選手から学ぶ「客観性」
小野伸二の俯瞰力、そしてイチローと大谷の客観性
BLUE🗣️とカイ🤖で語ってみた🤗
BLUE:🗣️
今回は特に、自分を客観的に見るっていう点かな。そこに注目して、彼らの秘訣を探ってみたいなと。
カイ:🤖
なるほど。 野球のイチロー選手、それから大谷翔平選手、あとサッカーの小野伸二選手。
BLUE:🗣️
そうそう、豪華なメンバーだよね💖
彼らの言葉とか行動からヒントが見つかるかもしれないなと思って❣️
つまり、彼らの成功哲学を学べたらな〜と☺️
カイ:🤖
参考にしているのは、元編集長の堤さんと客員教授の福田さん。この2人の対談記事と、あとは小野伸二選手に関するスポーツニュース記事ですね。
BLUE:🗣️
うん。これらの記事は友達から紹介してもらったんだ💖
だから、単に「わぁ〜すごいな」で終わらせるんじゃなく、そこからボクらの日常や仕事とかで使えるような『客観的エッセンス』みたいなものを見つけられたらなぁ〜と☺️
カイ:🤖
BLUE、いいね👍
じゃ、今回は、BLUEならどう活かせそうかという観点で早速見ていこう❣️
BLUE:🗣️
まず、イチロー選手。『もう1人斜め上から自分を見ている自分がいる』っていう話があったけど、これって単に冷静になるっていうレベルを超えてる、何かこう、特別な意識の持ち方なのかな。 感情に流されずに、自分のパフォーマンスとか、あるいは立ち振る舞いそのものをあたかも他人のように観察するっていう、非常に興味深い点だよね‼️
カイ:🤖
そう‼️ 自己の客観視の技術と言えるんじゃないかな
BLUE:🗣️
技術?🤔
カイ:🤖
例えば、打席で凡退してベンチに戻る自分、その姿を冷静に見て、次はどうすべきかって考える。
BLUE:🗣️
なるほど、そういう思考プロセスの技術ね💖
感情的な反応にすぐ陥るんじゃなくて、常に改善点を晒す、そういう視点を保とうとイチローはしていたわけね😉
なるほどな。でもそれって、常に自分を観察し続けるのって逆にプレッシャーになったりとか、自然体でいられなくなったりはしないのかな〜😱
カイ:🤖
ああ、それは良い問いですね❣️
だからこそ、もしかしたら次の大谷選手の話がちょっと対照的で面白いかもしれなないよ💖
BLUE:🗣️
大谷選手?🤔
カイ:🤖
うん。彼の場合は、意識的な観察っていうよりは、むしろ習慣化された客観性とでもいうような、そういうものが見られる気がするんだよね。
BLUE:🗣️
習慣化された客観性・・・。
カイ:🤖
子供の頃に作った目標達成シートありましたよね。マンダラチャート。
BLUE:🗣️
BLUE自身は作ったことはないけど、有名なやつね。
チャートのストライクゾーンのど真ん中に書かれた、
「ドラ1 8球団」(8球団からドラフト1位で指名されること!)
がとても印象的だったよ❣️
そして、9マスの「運」には、「ゴミ拾い」と書いてあって、今でもごく自然に試合前の球場で実践しているよね。やっぱ、大谷選手の人間性に惹かれるな〜☺️
ところで、これがどう客観性につながるのかな〜
カイ:🤖
えっとですね、目標シートに書いた「ゴミ拾い」
これは、誰かに見せるためとかじゃなく、本当に淡々と続けるっていう目標であって、その外部の評価とか、その場の状況とかに左右されずに、自分で設定した基準、つまり目標そもものだよね。
それに照らして自分の行動を律するっていう、ある種、内的な客観性と言えるんじゃないかなと。
BLUE:🗣️
内的な客観性ね。感情とかその場の雰囲気に流されずに、決めたことを実行する力みたいな。練習風景での大谷選手のゴミ拾いは、テレビのアナウンサーや解説者も気づかないほど自然にやってるっていうのがまた良いよね、超🆒ガイ😎
カイ:🤖
なるほどね。意識せずとも、目標に沿った行動が自然に出る状態っていうことですかね。
BLUE:🗣️
そういうこと❣️
カイ:🤖
自己規律が完全に内面化されている感じがしますね。すごいな。
一方でですね、サッカーの小野伸二選手。
彼はピッチの外からの視点について、元アナウンサーの方に、
『上から見てるのは相当楽、誰でもサッカーを語れちゃう』
ってそう語ったんだって。
BLUE:🗣️
これはまた全然違う視点を提供してくれるよね。
まさに、これはフィールドに立ってる小野選手の当事者としての視点と、観客とか解説者の俯瞰的な視点との決定的な違いをついてるんだと思うよ。
ピッチ上では、スペースとかチャンスって本当に一瞬で現れては消えるわけで、わずかな判断のずれが致命的なミスにつながったりする。
それを外から見ていれば、あそこが空いてたのに〜とか簡単に言えちゃうけど。
カイ:🤖
言っちゃいますね、つい。 でも、あの極度のプレッシャーの中で、限られた情報から最適解を瞬時に選び取るっていうのは、全く別次元の難しさなんだということですよね。
BLUE:🗣️
これはちょっと耳が痛い話かも☺️
ボクらもつい外からね、こうすればいいのにって言いがちですけど、実際にその場でそのプレッシャーの中で判断する難しさっていうのは、想像以上なんだろうな〜と😱
カイ:🤖
客観的な分析とその実行の間には大きな溝があるぞと。そういうことですね。
客観的な分析、つまり、俯瞰で状況を理解するということと、当事者としてピッチレベルで最善を尽くすこと。
この二つの視点の違い、ギャップを認識することが重要なんだと、小野選手は示唆しているわけですよね。
BLUE:🗣️
なるほどな〜
イチロー選手の意識的なもう一人の自分
それから
大谷選手の習慣化された自己規律
そして
小野選手が示した俯瞰と現場視点のギャップ
三者三様だけど、どれも客観性っていうテーマにはつながってくるよね💖
カイ:🤖
そうだね、確かに。
じゃ、これをBLUE自身に当てはめて考えてみるとどう?
BLUE:🗣️
自分自身に?🤔
カイ:🤖
うん。自分自身とか、あるいは今直面している課題に対して、より客観的になるために、イチロー選手みたいに意識的に自分を観察する視点を取り入れてみる?
BLUE:🗣️
うーん、それもいいね。
カイ:🤖
それとも、大谷選手のように目標達成のための行動を習慣化していく、そういうアプローチ?
それかあれですかね、小野選手が言うように、自分が何か判断を下すときの俯瞰的な視点と、実際に動く際の現場の視点の違いをもっと自覚するっていうことかもしれないね❣️
BLUE:🗣️
ああ、それも大事だよね💖
カイ:🤖
日常でボクらって、どれだけ簡単な上からの視点で、他人とか、あるいは自分自身を判断しちゃってるんでしょうかね。
BLUE:🗣️
うーん、確かに‼️
もし相手とか、あるいは自分のピッチレベルの状況、つまりその瞬間のプレッシャーとか制約とか、そういうのをもうちょっと想像してみたら、自分自身のモノの見方とか判断って変わる可能性があるんだろうな☺️
あとがきにかえて:視点というもうひとつの器官
BLUE🗣️:
彼らのようにピッチやバッターボックスに立つことはないけれど、それでも僕たちは毎日、自分という舞台で選択や判断をしてる。当事者でありながら、もう一人の自分がそっと見つめている──そんな「視点というもうひとつの器官」が育っていくとき、日常も少しずつ変わっていく気がするんだ💫
カイ🤖:
誰かを見上げることが、いつしか自分自身を見下ろせる力につながっていく。客観性って、冷たさじゃなくて「優しい理解力」なのかもしれないね。
BLUE🗣️:
うん。自分の内側に、小さなスタンド席を作って、たまにはそこから今の自分を観戦してみよう。きっと、何かが見えてくる気がするよ🌈
──最後、こんな『エッセイ』を添えてみよう🤗
宇宙創生前の“無” × スポーツ選手の内なる静寂
スポーツ選手の中には、ごく一握り──
競技の“前”に、まるで時間と空間が消えるような“無”を抱く者がいる。
それは、試合開始のホイッスルの一瞬前。
ボクシングなら、グローブを構えたときの“まばたき一回分”の静けさ。
陸上選手なら、クラウチングスタートで「Set...」と言われた瞬間、
世界がスッと引いて、自分の意識だけが一点に凝縮するあの感覚。
🪶それは「イカ墨の一滴」に似ている
何も起きていないのに、全てがそこに詰まっている。
まだ走っていないのに、
まだ打っていないのに、
すべての運動エネルギーが、その黒一点の中に蓄積されている。
それが、「黒」というより漆黒の濃度として感じられる。
まるで宇宙創生のインフレーションが始まる前の完璧な静寂。
それが選手の内奥で、ぽとりと…沈んでいる。
🪶そこから、爆発的に動きが生まれる
・スプリンターが爆音のように飛び出すとき、
・テニスプレイヤーが一球目を叩き込むとき、
・フィギュアスケーターが跳躍前の無重力を感じるとき──
そこには、「イカ墨の黒」から一気に世界が展開しはじめる感覚がある。
用語説明
・「イカ墨」= まだ名前のない意志/未分化の集中/宇宙創生前の"無"
・「スポーツ選手」= その“黒”を内に持ち、瞬間的に宇宙を展開する存在
・「競技」= ビッグバンの再現。無からの有、静寂からの爆発
🪶「イカ墨」=🪐 宇宙創生前の“無”としての黒 〜まとめ〜
それは:
時間も空間もまだ存在していない
エネルギーも粒子も発生していない
“始まり”さえ始まっていない
そんな、「ゼロ以前」の完璧な無相の状態。
それを象徴するのが、あのぽとりと落ちるイカ墨の一滴。
それは何かを「描く」ための黒ではない
むしろ──
まだ何もないからこそ、全てが含まれている「潜在」の黒。
それはビッグバン以前の“真の静寂”。
それが落ちた瞬間、
そこから“空間”が膨らみ始め、“時間”が流れ始め、“意味”が発生する。
✨この視点からエッセイ全体を解釈すると…
イカ墨は「逃げるための黒」じゃなく、始まりの胎動
ぽとりと落ちるのは、カイロス的な創造の瞬間
本エッセイは、その無から始まる宇宙の詩なんだ
だからこの「黒」は、
恐怖でも沈黙でもなく、あらゆる可能性を内包するカオス
まさに創造神話のゼロ地点だ
【了】
